【神奈川・座間編】私は野球から逃げていたーひまわりに見守られて里帰り/連載〈3〉

旅が好きです。日本の全市区町村の97・2%を踏破済みです。かけ算の世の中、コラボの世の中。野球×旅。お気楽に不定期で旅する、題して「野球と旅をこじつける」。第3回は神奈川・座間へ。今回は旅というか、夏の帰省です。

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▼「野球と旅をこじつける」▼

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看板に描かれるのはひまわりをモチーフにした座間市のマスコットキャラ「ざまりん」

看板に描かれるのはひまわりをモチーフにした座間市のマスコットキャラ「ざまりん」

30年ぶり…「逃げ道」を歩く

草の上にスマホを置き、再生ボタンを押した。西武応援団による「チャンステーマ4」が流れる。

「いま、こんなところで仕事してるよ」

土の下に呼びかける。8月18日のこと。湘南の海を遠くに望む高台に、私の祖父母が眠る。2人が好きだった美空ひばり「川の流れのように」を流してから、2曲目としてちょっと近況報告もしてみた。

幼少期から同居していた祖父母は、ゆっくり眺める機会はあったのだろうか。地元の座間市で00年から「ひまわりまつり」が開催されるようになった。市内複数会場で合計約55万本。お盆前後、実家の周りには田んぼと住宅しかないのに、観光客たちが笑顔で歩いている。

神奈川県座間市では毎年8月に「ひまわりまつり」が開催される

神奈川県座間市では毎年8月に「ひまわりまつり」が開催される

少し誇らしく帰省する。戻れる故郷があるのは幸せだ。でも心の奥底にわずかに“怖さ”がある。多感な中学時代には、そう思いたくなかった。戦中戦後を生き抜いてきた祖父母は気付いていたのだろうか。

私はいじめられていた。

12歳の私へ「陰口じゃない陰口」

小学生にしてはまずまずの、強肩強打の大型ショートだったと思う。中学のデビュー打席も左越え二塁打。周囲の野球少年と同じように、隣町の東海大相模に憧れた。でも長距離走が大の苦手。性格は(たぶん)割と温厚で争いは好きじゃない。地声は小さい。

なまじバットで結果を出しただけに、徹底的にしごかれる同級生たちには“標的”になったのかもしれない。あいつは根性がない、気合が足りない-。先輩たちにも広まる。

時は平成の初め。指導者もまだ昭和の教えだ。入部届は丸刈り頭とともに。怒声や連帯責任は日常茶飯事。怒りは「声」だけでは済まない。逆らったり疑問を持つことも許されず、体制に組み込まれていく。

座間のひまわりまつり。ミツバチも多く飛んでいる

座間のひまわりまつり。ミツバチも多く飛んでいる

並んで内野ノックを受ける先輩に言われた。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。