【佐藤駿の言葉】「世界選手権は日本男子の未来がかかる」恐怖心に屈した全日本を糧に

フィギュアスケート男子で全日本選手権を7位で終えた佐藤駿(20=エームサービス/明治大)が12月23日、世界選手権代表会見後に報道陣の囲み取材に応じました(フリー後に対応がなかったため)。

フリー直後の状況や当時の心境を回想。初優勝がかかった今大会は恐怖心が拭えず、本来の力を出し切れなかったと省みました。

初出場となる世界選手権では、26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪での日本の出場枠がかかっており、強い決意を示しました。囲み取材の内容を「佐藤駿の言葉」としてお届けします。

フィギュア

「気付いたら2時間くらいたっていた」

―あらためて、フリーが終わった後の状況を教えてください

あまり覚えていなくて。終わってから、最初のインタビューは受けて、そこまでは大丈夫だったんですけど、更衣室付近で悔しさだったりとかがあって。この試合に出場する前、特にフリーの前は恐怖心を抱いていて、そこから解放された安心感だったり。いろいろな感情から倒れ込んでしまって。そこからはいろいろなスタッフさん、ドクターさん、コーチの方に介抱されて。ドクターの皆さんには「ありがとうございます」と伝えたいです。その後、自分の中ではすぐだと思っていたんですけど、帰り際には2時間くらい時間がたっていて、その中の記憶はあまり覚えていないです。

男子フリーに向け練習に臨む佐藤(撮影・前田充)

男子フリーに向け練習に臨む佐藤(撮影・前田充)

―過呼吸のような症状でしたか

そんな感じになって。ほんとに記憶がなくて、気付いたら2時間くらいたっていたと。あまり手と足の感覚もなくて苦しい感じだったんですけど「先生やスタッフさんが大丈夫と言ってくださった」のは覚えていて、すごく感謝しています。

―フリー後の心境はどうでしたか

今大会は楽しく終わりたいと思っていたんですけど、演技で出し切ることができなかった悔しさがあって。ルッツだったり、コーナーのジャンプがショート、フリーともにハマっていなくて、ここぞで決め切るところの力不足を痛感しました。自信は自分の中でついているつもりだったんですが、つけきれていなかったかなと。演技も最初から最後まで転倒もあって、動けていなかったかなと思っていて。終わった時は悔しい気持ちでした。

男子フリーで演技する佐藤(撮影・前田充)

男子フリーで演技する佐藤(撮影・前田充)

―メンタルやフィジカルなど何か原因はありますか

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。