忘れられない引退公演、全日本での涙の抱擁…大島親子がデスペラードに込めた思い

そのプログラムに込められた思いとは-。

フィギュアスケート男子の大島光翔(22=明治大)は、今季のフリーで「デスペラード」を舞いました。これはかつて「プリンスアイスワールド」で活躍した父の淳コーチ(59)が、2011年8月の引退公演でもフィナーレで滑った楽曲。節目の大学ラストイヤーを迎え、念願だったプログラムに挑みました。

光翔と淳コーチの視線を交互に交えながら、親子のストーリーを描きます。(敬称略)

フィギュア

父の引退公演での姿「いつかこの曲を」

2011年8月14日。

プリンスアイスワールド岡崎公演の千秋楽。

愛知県岡崎市には灼熱の太陽が照りつけ、温度計は34度に達していた。

岡崎中央総合公園総合体育館の特設リンクは真夏の外気を隔てていたが、そこにも熱気が流れていた。

子どものころ、高橋大輔と記念撮影(本人提供)

子どものころ、高橋大輔と記念撮影(本人提供)

光翔は小学3年生だった。あれから13年以上が経ったが、今も当時のことをよく覚えている。

「あの音楽、あの光景が目に焼き付いているというか。あの年齢ながら、当時の光景は強烈に頭に叩き込まれています」

公演は終了時刻をとっくに過ぎていたが、ファンもずっと残っていた。

「アツシ、アツシ、アツシ」

会場には淳コールが響く。

幕が開いた。

伊藤みどり、本田武史、荒川静香、小塚崇彦、羽生結弦らに見守られる中、父はその中心にいた。

そこに「デスペラード」のピアノの音が流れ始めた。

ずっと使っていたナンバーだ。白色の上着を脱ぎ、代名詞のバックフリップを決めると、大歓声が沸き起こった。

父は泣いていた。

その姿を見ながら、光翔の心の中では決心がついていた。

「いつかこの曲を滑ろう」

年齢を重ねるにつれて、その思いは次第に大きくなっていった。

「意外かもしれないですが、僕は『この曲をやりたい』という思いが、普段から強くあるわけではないんです。でもこの曲だけは明確にあった。ずっといつか滑ろうと思っていました」

学生最後のシーズンを迎え、今がその時だと思った。

明法オンアイスで演技する大島(2025年2月1日撮影)

明法オンアイスで演技する大島(2025年2月1日撮影)

「今季は学生生活最後だったので、両親への恩返しという思いもありました。ここまで競技を続けさせてくれたことへの感謝を伝えたいと思っていました」

フリーには「デスペラード」を選んだ。

「気持ちがこもったプログラムを」指導者としての願い

淳が息子の真意を知ったのは、誕生日のサプライズの投稿だった。

2024年10月19日。59歳を迎えた日に、光翔はX(旧ツイッター)を更新した。

そこには「デスペラード」に込めた思いがつづられていた。

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。