【代々木発】悪夢から4年…青木祐奈が“2度目の最終滑走”を「大丈夫」と思えた理由

フィギュアスケートの全日本選手権が12月19日に開幕し、女子ショートプログラム(SP)では青木祐奈(23=MFアカデミー)が69・84点で7位発進となりました。

最終滑走は4年ぶり。前回は最下位となりましたが、同じ五輪最終選考会となった舞台で“リベンジ”を果たしました。

競技人生で大きな出来事でもあった「最終滑走」をどのように捉えたのか。4年前のエピソードを交えながら、現地発のコラムをお届けします。

フィギュア

〈フィギュアスケート:全日本選手権〉◇12月19日◇第1日◇東京・代々木第一体育館◇女子ショートプログラム(SP)

女子SPで演技する青木(撮影・前田充)

女子SPで演技する青木(撮影・前田充)

4年ぶりの最終滑走に「やってしまった」

代々木第一体育館の2階に設けられた開会式会場。

青木の滑走順が発表されると、「おぉ」とどよめきが起こった。

30番。

それはショートプログラム(SP)の「最終滑走者」を意味していた。

誰よりも胸がざわついたのは、青木本人だった。

「やってしまったなぁ」

最終滑走は最も避けたかったからだ。

「4年前の全日本も五輪シーズンで、同じように最終滑走で失敗していた分、トラウマというか。(今回は)最終滑走でなければ何番でもよくて『お願い!』と思いながら引いたら30番で」

4年前の全日本とは、青木がかつて「この世界から消えてしまいたいと思った」と口にしていた出来事だ。人生最大の挫折といっても、過言ではないだろう。

ただ、その全てが「絶望」だったわけではない。「フィギュアスケートとは何か」という本質のようなものを教えてくれる気もする。

すでに「氷現者」でも書かせていただいたが、あらためて当時を振り返りながら、青木の2度目の最終滑走を巡る話を書き記したいと思う。

女子SPで演技する青木(撮影・前田充)

女子SPで演技する青木(撮影・前田充)

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。