さよなら大相撲〈1〉満津田の決断「父の力になりたい」 後悔なく家業へ

大相撲の力士は引退後、第2の人生を歩んでいく。親方や裏方として日本相撲協会に残れる元力士は、ごくわずかだ。

力士数は現在、約600人。そのうち十両以上の関取は70人。9割以上の力士は、夢破れて角界を去る。

連載「さよなら大相撲」では、スポットライトが当たらずに引退した力士の相撲人生を振り返り、今後へのエールを送る。

第1回は、満津田(まつだ、29=芝田山)。長野県飯田市の実家に戻り、家業の「満津田食堂」を継ぐ。

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◆満津田誉彦(まつだ・たかひこ)本名・松田誉彦。1994年(平成6年)9月19日生まれ、長野県飯田市出身。相撲経験はなかったが、長野・飯田工業高校から峰崎部屋に入門。2013年春場所初土俵。峰崎親方(元幕内三杉磯)の定年にともない、2021年4月に芝田山部屋へ転籍。最高位は西幕下53枚目。181センチ、115キロ。

夏場所13日目、満津田(手前)は琴ノ藤と最後の相撲を取った(2024年5月24日撮影)

夏場所13日目、満津田(手前)は琴ノ藤と最後の相撲を取った(2024年5月24日撮影)

最も緊張した一番

午後1時すぎの国技館は、まだ観客はまばらだった。その場にいた多くの人たちは、知らなかったかもしれない。

夏場所13日目。1人の力士が、人生最後の取組に挑もうとしていた。

西三段目50枚目、満津田、29歳。

3勝3敗でこの日を迎え、勝ち越しがかかっていた。2013年春場所で初土俵を踏んでから、通算230勝230敗1休。生涯成績の勝ち越しもかかっていた。

土俵に上がると、四方から「満津田~」の声援が飛んだ。

相手は、同じく勝ち越しがかかっていた22歳の琴ノ藤。

勝てばドラマチックだったかもしれない。しかし、立ち合いから主導権を握れず、押し出しで敗れた。

土俵に頭を下げる満津田(2024年5月24日撮影)

土俵に頭を下げる満津田(2024年5月24日撮影)

静かに土俵を下りると、深々と頭を下げた。東の花道の奥へ戻る途中、応援に来た知人から花束を受け取った。

東の支度部屋前では、芝田山部屋の仲間、ともに稽古で汗を流した力士らが待っていてくれた。

最後の取組を終え、花束を受け取った満津田(中央)

最後の取組を終え、花束を受け取った満津田(中央)

満津田に涙はない。

「最後の土俵に上がる時、今までで一番緊張しました。お相撲さんにならなかったら、こういう緊張は味わえません。声援をかけてもらったり、注目されることもありません。『お疲れ様』とも言ってもらえました。ものすごくいい経験ができました」

最後の取組を終え、ファンからねぎらわれた満津田

最後の取組を終え、ファンからねぎらわれた満津田

支度部屋を後にしてから、国技館の南門を出るまで、知人やファンから声をかけられ、写真撮影に応じた。

人当たりがやわらかく、気さくなイケメン。惜しまれつつ、すべての最後の本場所を終えた。

炎鵬との友情

峰崎親方(元幕内三杉磯)にスカウトされ、長野・飯田工業高校(現在は飯田OIDE長姫高校)卒業と同時期に初土俵を踏んだ。2013年春場所だった。

相撲経験はなかったが、柔道に打ち込んでいたところを見いだされた。

最高位は、西幕下53枚目。

思い出の一番には、炎鵬との三段目優勝決定戦を挙げた。

2017年秋場所。満津田は7戦全勝同士で炎鵬と決定戦でぶつかった。

三段目優勝決定戦で炎鵬(右)と対戦する満津田(2017年9月24日撮影)

三段目優勝決定戦で炎鵬(右)と対戦する満津田(2017年9月24日撮影)

相手は大卒のざんばらで、のちに幕内で活躍したが、この時は序ノ口デビューから3場所目。無敗のまま番付を駆け上がっていた。

満津田は一方的に押し倒されたが、かけがえのない経験になった。

三段目優勝決定戦で炎鵬(左)に押し倒しで敗れた満津田(2017年9月24日撮影)

三段目優勝決定戦で炎鵬(左)に押し倒しで敗れた満津田(2017年9月24日撮影)

優勝決定戦は、千秋楽の幕内取組の直前に行われる。

「観客が入っている時間帯で、普段とはライトも声援も注目のされ方も違いました。やみつきになりますね。胸がドキドキしました」

次の九州場所前、福岡の飲食店で鉢合わせた。当時「お互い、もっと上で対戦しよう」と誓い合った。

入門の経緯こそ高卒、大卒で異なるが誕生日は1カ月違いの同学年。対戦はこの1回だけだが、今では「ずっと応援したいと思います」と言える関係になった。

この時の九州場所は、初めて幕下に上がった。しかし、7戦全敗。この時の番付が、自己最高位となった。

父が倒れた

その1年半後、満津田が先の人生を考える出来事があった。

長野県飯田市で「満津田食堂」を営む父・道彦さんが倒れた。

満津田食堂の外観(本人提供)

満津田食堂の外観(本人提供)

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。