さよなら大相撲〈2〉爆羅騎 最小兵163.5センチで奮闘「考えながら努力する」

日本相撲協会に所属する力士数は約600人。引退後、親方や裏方として協会に残れる人は、ほんのわずかだ。

大多数は、第2の人生に向かって歩み始める。

連載「さよなら大相撲」では、引退した力士の相撲人生を振り返り、今後へエールを送る。

第2回は、爆羅騎(ばらき、30=式秀)。身長163.5センチながら、幕下まで番付を上げるなど奮闘してきた。

大相撲

その他の相撲コンテンツはこちらへ

◆爆羅騎源氣(ばらき・げんき)本名・伊藤爆羅騎。1994年(平成6年)5月10日、埼玉県生まれ。マフィアを描いた映画「バラキ」を気に入った父が名付けた。小3から相撲を始め、中3まで4年間は柔道も経験。福岡・希望が丘高へ相撲留学し、高校総体は個人32強、団体3位。家族は父浩さん、フィリピン出身の母ロレナさん、兄羅王も元力士。163.5センチ、107キロ。

5月に30歳になった

6月4日の夕方、爆羅騎と西武線所沢駅で待ち合わせた。

その日の昼ごろ、確認の電話がかかってきた。

「今日は、どういう服装でいけばいいですか?」

写真は撮りたいけど、気軽な格好でかまわない旨を伝えてあった。

改札口から出てきた爆羅騎は、ジャケットを羽織って来てくれた。

5月の夏場所を最後に引退し、今は西武線沿線の実家に戻っている。

夏場所後に引退した爆羅騎

夏場所後に引退した爆羅騎

「わざわざ所沢までありがとうございます。ウチの最寄り駅の近くは何もないので、所沢がいいかと思いまして…」

爆羅騎はこの2日前、元明瀬山の井筒親方の引退相撲のため国技館に来ていた。その様子はSNSで知った。

2人の関係性が思い当たらないので聞いてみた。

「九州場所の宿舎が近いので、出稽古に行ったことがあります。明瀬山関には、『オレの携帯電話番号を誰かから入手して連絡くれたら、飯に連れて行くよ』と言われて…。その後、つてをたどって電話番号が分かって、ごちそうしてもらってことがあります」

そんな話をしながら、コメダ珈琲へ。

私は「たっぷりコメダブレンド」、爆羅騎は「アイスレモンティー」をタブレットで注文し、インタビューを始めた。

引退の理由は?

「もう何場所か前に気持ちが切れてしまって…。気持ちが切れたままでやっても、厳しい世界なので、もう節目かと考えました。5月に30になるから、もうこれでってことで」

背伸びをして検査合格

小さい体で頑張ってきた。

私は、新弟子検査の時のことをよく覚えている。

2012年12月26日、国技館内の相撲診療所。体格検査の合格基準は、身長167センチ以上、体重67キロ以上。

爆羅騎は身長計に乗ると、スッと背伸びした。私はこの瞬間を逃すまいとシャッターを押した。

新弟子検査で身長を計測される爆羅騎。右は玉ノ井親方(2012年12月26日撮影・佐々木一郎)

新弟子検査で身長を計測される爆羅騎。右は玉ノ井親方(2012年12月26日撮影・佐々木一郎)

計測担当の玉ノ井親方(元大関栃東)は目線を下げることなく「167」と読み上げ、爆羅騎は体格検査をクリアした。

この様子は新聞でも大きく扱われ、「160センチ最小兵誕生」との見出しがついた。

背伸びが注目されたが、実力は本物。小3から埼玉・入間少年相撲クラブで相撲を始め、小5で関東小学生大会3位。中学卒業後は、福岡・希望が丘高に相撲留学し、3年時は高校総体個人32強、団体3位という実績があった。

あの新弟子検査から12年。当時のこともあらためて聞いた。

「入る前、周りからは『入れないし、無理でしょ』と言われて…。入りたい、挑戦したい、やりたいって気持ちが大きかった。それくらい相撲界に入りたかったんです」

あの時、背伸びをした後も、苦笑いや照れ笑いは一切なかった。それだけ本気だった。

序ノ口、序二段はそれぞれ1場所で通過。デビューから1年たたないうちに、三段目90枚目で7戦全勝とし、優勝決定戦に進出した。幕内経験者の寶千山に敗れたが、次の場所で幕下に上がった。

東幕下58枚目。19歳だった。

10代での幕下昇進は、将来有望と言っていい。

だが、結論から言ってしまうと、この番付が爆羅騎にとっての自己最高位となった。初めての幕下は、7戦全敗だった。

それから30歳までは、自分を超えるために、もがき苦しんだ日々でもある。

身長が伸びない代わりに、体重を増やそうと無理をした。これが影響したのか、20歳になるころ、糖尿病になった。ますます体重を増やしにくくなった。

炎鵬からの学び

三段目から抜け出せない日々。

現状打破のきっかけは、炎鵬だった。

本文残り62% (2746文字/4435文字)

スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。