日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督(62)が、108分間まくし立てた。15日、東京・JFAハウスで日刊スポーツなどの取材に応じた。代表選手を「サムライ」と呼び、メンタル改革を宣言。日本を世界の「3部チーム」と位置付け、3年後の18年W杯ロシア大会での成功を見すえた。予定の1時間の倍近く話し続け「歴史の中に入っていきたい」と、締めくくった熱弁の一部をお届けする。

<フランス語が、用意された部屋の外まで聞こえるほどの迫力で迫ってくる。席に着くやいなや、男性ばかりの記者を見渡し「女性はいないのか?」と笑わせたのも一瞬。すぐスイッチが入った>

 就任からまだ1カ月。ハリルホジッチ監督はまるで講義のように日本人、日本サッカーの抱える課題に切り込んだ。まず精神面、メンタリティーについてだ。

 「日本代表はサムライブルーと言われている。サムライの名前をもらっている者は何も失うものがないはずだ。私の計画はこのチームを何も恐れるものがない、というところまで持っていきたい。メンタル面がかなり向上すると思っている」

 3月の合宿に招集した29人は把握した。親善試合2試合で27人をピッチに送り出したが、出番のなかった2人も含め「サムライは29人いた」と振る舞いに一定の手応えを得た。

 サムライ集団に、次は真のリーダー出現を強く求める。3月の合宿では選手をじっくり観察。主将は暫定的に経験あるMF長谷部とFW本田に任せた。理想は3人の「偉大な」リーダーだという。

 「DF、中盤、FWのキャプテン、おそらく3人が同時に仕事を成さなければならない。特に難しい時間帯で行動を起こし、叫ぶなりする。これが組織的に必要な働きかけだ。ここが偉大な選手とまあまあな選手、偉大なキャプテンとまあまあのキャプテンの違いになる」

 昨年6月のW杯ブラジル大会1次リーグ初戦のコートジボワール戦では1-0から約2分で2失点し敗れた。まさにあのシーン。今は、指揮官がキャプテンといった存在感だが、偉大なリーダーの生まれにくい日本社会を言い当てたような指摘だった。

<開始から30分が経過した。予定通りカメラマンが退出。記者が空いたスペースに机を寄せ、指揮官に近づく。その“寄せ”を守備での寄せにたとえ即席の守備講座が始まった>

 まずは日本に、自身の勝ちにこだわる姿勢を注入する。その覚悟を示した。

 「負けを受け入れることはできない。私の哲学がそうだからだ。負けたら病気のようになり、試合後には何も話せなくなる。昨日の会議の前にアルジェリア対ドイツ戦の映像が流してあって初めて見た。前半を少し見ただけで怒りが増してきた。本気で勝てると思っていたから昨日は腹が立って寝られなかった。前半だけで4点取れたんだ」

 アルジェリアを率い優勝したドイツを延長戦まで苦しめた昨夏のW杯を、昨日のことのように悔しがった。負けず嫌いという表現では足りない。腹をくくっている。根底にある覚悟が違う。

 「私は勇気を持っている。戦争(旧ユーゴ内戦)の時もそうだった。私に銃を向けた人もいたが、その人たちは私を殺すことはできないと分かっていた」。

 恐れはない。日本サッカーにもためらいなくメスを入れる。ポゼッション(ボール保持)をよしとし、バルセロナのようなスタイルに傾倒してきたがブラジルのW杯でもアジア杯でもそうやって負けてきた。勝てない-。これが日本のサッカーだという既成概念もためらうことなくぶち壊す。

 「みんな育成でもバルセロナ、バルセロナと言っている。でもメッシはメッシ1人しかいない。他の惑星から来た選手だ。宇佐美、大迫、本田や香川はメッシとは違う。違うプレーをしなきゃいけない。バルセロナのプレーを求めるのではなく本田、香川、清武にも違うプレーが必要だ。日本代表は遅攻を目指してきた。それもいいが、速い攻撃も目指さなくてはいけない。速攻、カウンターと遅攻の3つのうち、速い攻撃とカウンターが遅攻の3倍、4倍効果的だといわれている。フットボールは勝つためにやらなくてはいけない。バルサだって内容が悪い時もある、それでも勝つ。メッシだって勝つことが大事だと言っている」

<必ず質問者の目を見て、答える。樋渡通訳の和訳を待たないマシンガントークが続く>

 戦術面の具体的イメージ同様、日本の立ち位置も明確にしていた。現実的な判断でこう言った。

 「真実を受け入れるのは難しいが、受け入れないと前に行けない。日本のフットボールは世界において3部リーグにいる。FIFAランク1位から20位がプレミア、その下40位までが2部、50位の日本は3部だ。何年か前は19位だった。そこには行けるということだ。アルジェリアでも52位から始めて17位になった」

 より厳しい言い方をするなら現在の日本は“三流”ということか。在任中に世界の3部から1部へと昇格させてやる-。その自信を示した。

<予定の1時間が経過した。ありがたいことに終わる気配はない。同席する協会広報も腹をくくったのか、微動だにしない>

 完璧主義者のリアリストは本田が公言する目標から派生し、昨年のW杯前にわき起こった「W杯優勝」論とは一線を画す。当然勝ちたいが、1歩1歩進むということか。こう言った。

 「日本がW杯のベスト8、ベスト4を争って戦うことを想像できるか? 多分、可能性はある。でもそれは人生で1回かもしれない。まれに、2回かもしれない。だから勇気を持ってトライしようと。私は世界一になれるとは言わない。私の成功はロシアに行くこと。ただの旅行者としてではなく、何かを成し遂げるために行く」

 日本のために、全身全霊であたる。「私は日本のこのプロジェクトにすべてをささげる。忠誠心が強い人間だ。2週間前にもビッグクラブからまたオファーが来たが、私には日本の仕事があるから断った」と早くも引き抜きにあった事実も明かしつつ、この言葉を使って108分間に及ぶ熱弁を締めくくった。

 「(サッカーの)歴史の中に入るのは簡単ではないが、私は日本でそれをやりたい」

 歴史に名を残そうと思っているという宣言。ハリルホジッチ監督の改革はこれでもまだ、あふれんばかりの情熱とともにスタートしたばかりだ。

<「また話をしましょう」。そう約束した指揮官は1人1人と丁寧に握手して退出していった。残ったのは心地よい疲労感だった>【取材・構成=八反誠】