ドイツ2部リーグ、ザンクトパウリのMF宮市亮(27)が21日、日本でのトレーニングを打ち上げた。同日深夜の便でドイツに戻り、新監督を迎えてスタートを切る8月のチーム始動に備える。

欧州でも春以降、新型コロナウイルス感染拡大で各国リーグが中断されたが、ドイツはいち早く再開された。すでに14位で終了した19-20年シーズン終盤は内転筋の痛みで欠場が続いたが、もともと軽症で、大事を取っての措置だった。

最終節を待たず、6月末には日本に帰国。帰国後の自主隔離をへて、師事する走りのプロ、杉本龍勇氏の指導のもと自主トレーニングも終えた。ドイツに戻る直前に、日刊スポーツの取材に応じた。宮市は、充実の笑みを浮かべていた。

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日本とドイツは遠い。オフでクラブの活動も制限されている、そんな中、地元ハンブルクの新聞にはクラブ幹部が、宮市のコンディションを不安視するコメント入りの記事が掲載された。この話題を振ると、苦笑いしながら頭をかいた。

「本当、クラブには大事にしてもらっているなと思うんですけど、もう大丈夫です。何かちょっとでも痛みが出ると、僕の場合は、すごく大ごとにされてしまうんで…。確かに、ずっとけがが続いた時期もあったんで、心配してもらっているのはあると思うんですが、大丈夫です」

両膝の大けがもあり、長期離脱を繰り返した時期もあった。だが、復活を遂げ、ここ2シーズンはコンスタントに試合に出続け、18歳でアーセナルと契約した才能が、ようやくプロのサッカー選手になったという実感とともに、充実の時期を過ごしている。

まじめな宮市は言い訳しないが、関係者によると終盤戦の離脱は、コロナ禍による非日常が原因の1つだったようだ。ロックダウン(都市封鎖)中も、ザンクトパウリはリモート練習で選手を徹底して追い込んだ。画面越しに一部しか見えないため、あえてハードなメニューが課されていた面もあるかもしれないが、宮市は要求通り完璧にこなし、追い込み過ぎて、内転筋に違和感が出た。

過去の宮市なら、それでも無理して試合に出続け、大けがをしていたかもしれない。だが、けがから学び、生まれ変わった。自らブレーキをかけ、リスクを回避。同じ過ちを繰り返すことなく、スムーズに新シーズンを迎えられそうだ。

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このオフは、涙の別れがあった。まじめで、圧倒的なスピードを持つ宮市を、ことのほか気に入り、重用してくれたヨス・ルフカイ監督が退任した。細貝萌ら日本人を大切にしてくれた人物で、日本でもその名は知られている。

「自分にとって、ずっと忘れられない、とにかくお世話になった監督でした。いつも期待してくれて、信頼してくれました。最後はタイミングが合わず、会えなかったので電話でお別れと、お礼を伝えました。そしたら、すごくいい言葉をもらって…。僕は泣いてしまって。今後もずっと応援しているって、言ってもらいました」

宮市がそっと心の中にしまっている「すごくいい言葉」の内容は、あえて聞かなかった。ただ、けがを乗り越えるたびに強くなり、完全復活を果たしつつある宮市の今後を、しっかり支えるフレーズになることは、間違いない。

“秘密の言葉”とともに、ルフカイ監督は多くのものを残してくれた。シーズン通して、なかなかチーム状況も上向かなかったが、宮市はサイドバックからウイングバック、そして2トップの一角やトップ下、緊急事態ではセンターバックまで、長いサッカー人生でも経験がないほど、多くのポジションで起用された。そこで、気づいたという。

「意外に守備もできるんだなと、自分でも発見がありました。困ったら最後はもう、スピードで何とかする感じなんですけど(笑い)」

ポジションと視点、役目が変わったことで、サッカーそのものをより深く学び、守備面での手ごたえをつかんだ。これは、新シーズンのレギュラー争いで大きな武器になるはずだ。

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それでもサッカーは続く-。コロナ禍で、世界は変わり、当たり前の日常は一変してしまった。ドイツは比較的早くに日常を取り戻したとはいえ、サッカーを取り巻く状況も大きく変わり、まだ未知数な面も多い。何度も絶望からはい上がってきた宮市は、サッカー選手としてできることをやり切る覚悟を胸に、ドイツに戻る。

「正直、このコロナの状況で、いろいろと考えました。最初、サッカーのような、どちらかといえば娯楽ともいえるたぐいのものは、後回しになるのは当然で、実際そうなりました。ただ、そういった娯楽のような楽しみから力を得て、苦しい状況を乗り越えようとしている人も、絶対にどこかにはいるんじゃないかと思うんです。だから、僕たちサッカー選手は、ピッチでできることを、できる限りやって、少しでも力を与えられるような存在でありたい、そう思っています」

19-20年シーズンは終盤に欠場が続いたとはいえ、2年続けて、25試合→29試合とコンスタントに試合に出場し、主力としてシーズンを戦い抜いた。

「ようやくサッカー選手として、シーズンを戦い抜くという“土台”ができた感じです。大きなけがをせず、シーズンを戦い抜くという課題は、クリアできたかなと思っています。次は、もっと結果にこだわりたいです。チームの中でも責任ある年齢になってきました。役割的にも、そういったものを求められていると思います。契約も最終年ですし、とにかくチームの結果を追い求め、やり切りたいと思います」

もう27歳なのか、まだ27歳か。その判断はどちらでもいい。ただ、宮市が、また新しいシーズンに向け、元気いっぱいでスタートを切ることができる。それ以上の喜びと楽しみはない。【八反誠】