U-20ワールドカップ(W杯)アルゼンチン大会の日本代表に、過去最多の4人の海外組が招集されていた。A代表(6月招集)の海外組は22人いるが、全員がJリーグを経由し海外へ移籍した。だが、今回のU-20日本代表は、高校卒業後、すぐに渡欧するケースも多く、海外組が「新時代」に突入したと言える。10代の選手が海外で成功するために必要なことは-。オーストリア・ブンデスリーガ2部のSKNザンクト・ペルテンのテクニカルダイレクターで、欧州サッカーに精通するモラス雅輝氏(44)に、日本と欧州の育成現場の違い、欧州で成功する秘訣などを聞いてみた。【取材・岩田千代巳】

   ◇   ◇   ◇

オーストリアのサッカー界は各国の有望な若手がひしめく。オーストリア2部の選手の平均年齢は23歳前後で、モラス氏が所属するクラブでは、出場メンバーの平均年齢が22歳を切ったこともあった。ドイツの世代別代表選手など、各国の10代後半から20代前半の精鋭たちが、オーストリアで試合経験を積みステップアップしていく。当然、公式戦の現場では、5大リーグのビッグクラブのスカウトが目を光らせる。

一方、J1では先発の平均年齢が26~29歳。10代の高卒選手が即戦力として活躍するのはレアなケースだ。モラス氏はこう話す。

「僕は日本はサッカー大国になれるポテンシャルがある国だと思いますが、まだ生かすことができていない。その1つの理由は、18歳から21歳の選手の出場機会と出場時間。Jの組織の中でいかに18~21歳の若い選手が試合に出ることができるか。正直、西欧州のステップアップリーグと比較すると少ないと感じます」。

その中で、日本特有の「大学サッカー」は、18~21歳の若手選手が公式戦の経験を積める場所として大きな存在だ。日本では高校卒業後、大学を経由でプロになるケースが増え、大学でサッカー以外に、人間力を磨く場になっている。実際、ワールドカップ(W杯)カタール大会の日本代表選手の9人が大卒だった。

10代の若者が、プロの世界で勝負する欧州の世界で、若手の人間教育はどうなっているのか。モラス氏が強調するのは、欧州の10代の選手の意識の高さだ。

モラス氏 「僕がオーストリアで一緒に仕事していたU20、U19代表の選手たちは、大半が勉強していて、大学に通っている。現実的なんです。今は代表に入ってU-20W杯にも出場したけど、プロとして大成するか分からないから大学で勉強もやる、と。アンダーの代表に入っている選手こそ、意識が高い。アウェーの遠征のバスで、勉強している選手を何度も見てきました」。

万一、負傷がきっかけで早く引退しても、すぐにセカンドキャリアを歩めるよう、プランBも考えているのだ。モラス氏は「僕たち指導者が、選手に対してプロとして大成功する可能性はすごく小さいから、キャリアプランのB、Cを持っておけということを言っている。特に僕は、はっきり言います。そこは日本の若手にも伝えたいこと」と話す。欧州の若手選手は、考え方が10代にして大人なのだ。

教育の違いも大きい。欧州では「子供のころから早く自立しなさい」というスタンスだ。モラス氏がドイツの高校に通っていたころ、ロンドンへの修学旅行は、大半が自由行動。行程表もない。各自が計画を立て、自己責任で行動する。問題を起こしても、教師は責任を持たない。日本では考えられない環境だが、だからこそ、学生は自由と責任を感じながら行動していく。

J2町田ゼルビアなどで指揮をしたポポビッチ氏は、欧州のメディアで、日本と欧州の選手の違いについて「日本人の方が、メンタル的に欧州の選手より成熟するスパンが長い」と指摘した。モラス氏も、同じように感じている。

「18歳のドイツ語圏の選手の方が、良くも悪くも根拠に基づいた自己主張があり責任感がある。欧州で指導していると、これをやれ、と言ったとしても、状況に合わない時に、選手から意見が出てくる」。欧州の育成の指導現場では、選手が判断をできる状況をたくさんつくり、判断をさせて経験を積ませていくメニューが主だという。反復練習はほとんどない。「選手の思考力、決断力、決断スピードを鍛えるような練習メニューが増えている。子供のころから、自分で決めなさい、ですから」。(続く)

◆モラス雅輝(まさき) 1979年(昭54)1月8日、東京生まれ。16歳でドイツへ留学。ドイツの指導者・クリストフ・ダウム氏に出会い、18歳で指導者の道へ。オーストリアサッカー協会のコーチングライセンスを保持。男女のトップチームや育成年代を指導。09年1月から10年まで浦和のコーチ、19年6月から神戸コーチ。21年からは再びオーストリアに戻り、22年8月にSKNザンクト・ペルテンのテクニカルダイレクターに就任。英語、ドイツ語が堪能。