東京・城西高3年だった昨年6月18日。「悪夢」に見舞われた。高校総体南関東大会の男子400メートルリレーに1走で出場した。大会後の会場のバックストレート。腰に巻きチューブをつけ、高速の感覚を体に染み込ませる練習をしていた。その最中に突如、倒れ込んだ。自力で動けない。医務室へ運ばれた。

 しばらくすると応急処置を受け、チームメートが押す台車に乗って医務室から出てきた。体は水の入った青いプラスチックのバケツの中。表情は沈んでいた。左大腿(だいたい)部の肉離れ。1週間後の日本選手権の欠場を余儀なくされ、リオデジャネイロ五輪への挑戦が断たれた。

 「悪夢」から立ち直ろうと治療に励んだ。高校の長野合宿中にテレビ観戦したリオ五輪の男子400メートルリレー決勝は、客観的に見ることしかできなかった。リハビリも兼ねて海外を回りながら焦らないように心掛け、さまざまな人の話を聞き、体の軸の使い方や体重移動などを学んだ。

 1年2カ月前の「悪夢」の経験は今回の舞台で生きた。200メートルの予選後、右ハムストリングに張りが出た。中1日の準決勝。冷たい雨が降り、レース時の気温は15度まで下がった。筋肉の状態に不安を残す中、環境は最悪に近かった。

 けがの怖さを知っているから万事を尽くした。レース前、オランダで練習をともにする男子3段跳び五輪2連覇のクリスチャン・テイラー(米国)から軟こう薬「タイガーバーム」をもらい、筋肉を「熱々の状態」にした。予選ではサブトラックに置いてきたベンチコートをグラウンドに出る直前まで着用。体の冷えを防ぎ、「最初の100メートル」で爆発力を発揮する準備を整えていた。【上田悠太】