桐生祥秀(24=日本生命)が大接戦を制した。向かい風0・2メートルの決勝で10秒27。100分の1秒差でケンブリッジ飛鳥(27=ナイキ)に競り勝ち、東洋大1年時以来、最長ブランクとなる6年ぶり2度目の優勝を果たした。期待された記録は不発だったが、見事に勝ちきった。気持ちよくシーズンを締め、東京オリンピック(五輪)が行われる来季へ向かっていく。

接戦に弱いと称された、過去の桐生の姿は、もうなかった。最後の大接戦。必死に胸を突き出す。ケンブリッジを100分の1秒、10センチ差で振り切った。勝利を確信すると、会場の拍手に両手を上げる。「タイムは速くなかったが、勝ちきることが大事」。接戦で力み、上体が反る悪癖はなかった。

レース後は陸上のプロ選手として生きることの自覚をにじませた。

桐生 2番、3番は違う。プロで生活していくんだというけじめ。桐生祥秀という名前を広めたい。

そして「甘えなかったシーズンかな」と付け加えた。たしかに、今季はレース後、あることを自分に課していた。この日は喜びが先行していたが、取材の場で「反省点」を述べるよう心掛けていた。「失敗をそのままほっとくと成長しないじゃないですか」。実戦でしか分からない改善点を、言葉で整理する。ミスに背を向けず、伸びしろを探す。「失敗を直す練習が楽しい」。前日1日の準決勝では左右の足幅を広げた新スタートで「思いっきりこけた」が、立て直しに成功。0秒01の差で天国と地獄を分ける100メートル。小さな心掛けで培った修正能力は、大きな武器となった。

練習にも、過去にはなかった姿勢が見える。1本走るごとに、コーチが撮影した動画を確認する。今まで無頓着だった細かな部分の追求-。それも近年の記録が安定している一因だ。9秒台こそ、17年9月の1度だけだが、もう10秒0台は過去に21度も出す。うち11度は、この2シーズン。高3で10秒01を出した頃から伸び悩んでもいない。中身の充実度は一目瞭然。安定感が出れば、自然と勝負強さも備わった。東洋大1年時以来、遠ざかっていた日本選手権のタイトルも、必然といえる結果だ。

新潟は洛南高2年時の12年全国高校総体以来で無冠に終わった地。その悪い印象は「いい思い出」と変わった。4年前のリオ五輪は日本勢で唯一の予選敗退。さあ次は、五輪の記憶を悪夢から歓喜に塗り替える。【上田悠太】