早大のサークル「早稲田ホノルルマラソン完走会」出身で初出場の小林香菜(24=大塚製薬)が、日本勢最高の7位となった。大学時代に競技部に所属していなかった異色の新星が、実業団入りからわずか1年半で世界大会で輝いた。
同種目の日本人の入賞(8位以内)は、19年ドーハ大会7位の谷本観月以来3大会ぶり。五輪を含めた世界大会での入賞は、24年パリオリンピック(五輪)6位の鈴木優花に続き、2年連続となった。
「本当に代表に選んでいただいた時から、信じられない思いで、正直、練習もきつすぎて、合宿が終わった時が一番うれしくて『試合はどうなってもいい』とか思っていたんですけど、いざ本番に近づくと、信じられない方が応援してくださって、コースも大学時代に、たぶん走った中で誰よりもこのコースを知っているので。応援の数も、本当に本当に本当にたくさんの方が声をかけてくださったので『これは頑張るしかないな』と思って。必死に必死に『何とか何とか、絶対に8位に入ろう』と思って、粘って頑張りました。自分が尊敬していた先輩方が、世界の場では歯も立たない様子を見てきた。自分も絶対に『こてんぱんにされるんだろうな』『嫌だな嫌だな』と思っていたんですけど、本当に練習を信じて頑張りました」
午前7時半のスタート時の気象コンディションは曇り。気温28度、湿度82%と蒸し暑い中、序盤から2位集団につけて上位でレースを進めた。17・5キロでは単独2位に浮上した。
東京駅の折り返しの給水では帽子を取り換えてややコースを間違える場面もあり、24キロから集団の後方に抜き去られて一時は10位に順位を落としたが、そこから粘りの走りを披露。35キロ手前で入賞圏内の8位に浮上し、そのまま上位で走り切った。
中学で女子3000メートルの群馬県記録を樹立。2位が1学年後輩の不破聖衣来(せいら)だったほどだが、高校では記録が伸びず。早大では体育会の競走部ではなく、ホノルルマラソンの完走を目指すサークルに所属した。活動自体は週1回皇居ラン(約5キロ)2周と「緩かった」というが、徐々に「高校で結果を出せなくて心残りがあった。速く走りたい」と思いが強くなった。
大塚製薬の河野監督に直談判して内定をつかむと、今年1月の大阪国際女子マラソンでは自己ベストの2時間21分19秒で2位。パリ入賞者の鈴木に先着し、初の世界大会代表をつかんだ。
この日は大学時代にサークル活動で走った皇居周辺のコースを、日本代表のユニホームで躍動。異色の道を歩んできた24歳が、希望を与える走りを見せた。
◆小林香菜(こばやし・かな) 2001年(平13)4月4日、群馬県前橋市生まれ。中学で水泳部に入部も2年から陸上部に途中入部。3年時には女子30000メートルでジュニア五輪に出場した。埼玉・早大本庄高を経て早大に進学し、サークルの「ホノルルマラソン完走会」「山小屋研究会」に所属。マラソン初挑戦の21年富士山マラソンでは3時間29分12秒。フルマラソンは今回9度目。154センチ。

