始まりは、大学日本一へとつなげていく夏だった。

2019年8月、当時早大ラグビー部4年だったSO岸岡智樹(23=クボタ)は「最後の1ピース」を探していた。

「『今年こそ優勝するぞ』と掲げる中で、何かが足りないと思いました。ラグビーの要素ももちろんですが『ワセダに対する熱量を高めたい』と考えました」

目をつけたのはSNSだった。夏合宿中にインスタグラムを使ってライブ配信を行い、ツイッターを用いて現役選手としての目線を発信した。ファンとの距離が一気に縮まっていった。

その冬、全国大学選手権でライバルの明大を下し、11大会ぶりの日本一をつかんだ。トップリーグのクボタ入りを選ぶ際、SNSの積極的な発信を認めてくれたことも決め手になった。

現在、ツイッターのフォロワーは1万人を超えた。ふと気付くことがあった。

「ある程度認知していただいて、ラグビーに関する悩みのメッセージや質問を受け取る機会が増えました。不思議なもので、名前を聞いたことがない高校や大学の選手、なじみのない地域の指導者ばかりでした」

自らはラグビー界の“中央”にいた。大阪・東海大仰星高(現東海大大阪仰星)3年時に全国高校大会(花園)優勝。早大では日本代表SH斎藤直人(サントリー)と、1年からハーフ団を形成した。4年時に東海大仰星で教育実習を行い、数学やラグビーを教えた。「人に何かを伝えるのが好きだな」と再確認した。

「社会人2年目になって、SNSの次のステップへと進むことにしました。『次に何をしよう』と考え、オンラインから、オフラインに移ろうと思いました」

社会人1季目のトップリーグを終えた2021年6月26日、岸岡は大阪にいた。集まった小中学生にはパスなどのスキルを、高校、大学生には状況判断しながらのプレーを伝えていた。

2日間のラグビー教室は、あくまでも“全国ツアー”の第1回。新型コロナウイルスの影響で日程の再調整などを強いられているが、北海道、東北、関東、中部、近畿、中四国、九州、沖縄と8つの地域を巡る。

最も大切にしている目的が「日本ラグビー界における地域格差の改善」だ。

「花園(全国高校大会)の得点差を見て、課題を実感している人は多いと思います。ただ基本的に自分の地域と、盛んな地域の2つの物差しになる。今年は8回ですが、ラグビーが盛んな『大阪』や『福岡』も組み込んでいます。8カ所に行き、ラグビーをし、感じることがあると思う。そこから見えてきたものを踏まえて、来年以降も手を加えながら継続してやりたい」

指導者不足、ラグビースクールや部活動の環境、トップリーグの身近さ…。格差の要因は数多く挙げられるが、岸岡は現役選手の特性に着目して「誰もが触れられる情報を届けにいく」と意義を見つけた。各地から届くSNSでのメッセージが、ここにつながった。

知らない人に「クボタの岸岡と申します。グラウンドを貸していただきたいのですが…」と電話し、調整を進めてきた。今季全10試合中9試合に出場し、チーム過去最高の4強入りに貢献。社員選手としてクボタの業務にも全力で取り組む。そんな慌ただしい毎日を「楽しいです」と笑った。

「『この選手だからできた』では、もったいないです。社員だからこそ、やるべきだと思います。クボタにもサポートしてもらい、この環境に感謝しています。僕だけではなく、現役の選手が活動を広げていくことで、日本のラグビーは変わっていくと思います」

社会人2年目の23歳は、新たな可能性に手を伸ばす。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆岸岡智樹(きしおか・ともき)1997年(平9)9月22日、大阪府生まれ。小5でラグビーを始め、東海大仰星高、早大を経て、20年にクボタ入り。U20(20歳以下)日本代表歴あり。得意なプレーはパス、キック。173センチ、84キロ。

ラグビー教室で子どもたちを指導するクボタSO岸岡智樹(右)(c)杉田恵
ラグビー教室で子どもたちを指導するクボタSO岸岡智樹(右)(c)杉田恵
3月のNTTコム戦でプレーするクボタSO岸岡智樹(右)。左はSH井上大介
3月のNTTコム戦でプレーするクボタSO岸岡智樹(右)。左はSH井上大介