五輪実施競技になるために奮闘した日本女性がいる。
日本初のプロラクロスプレーヤーで、17年W杯では強豪国オーストラリア代表に選出された山田幸代。41歳のいまも競技の伝道師として世界を渡り歩く。
「ほっとしたというのが一番ですね」
10月、国際オリンピック委員会(IOC)の総会で28年ロサンゼルス五輪の実施競技に決まると、ようやく肩の荷が下りた気がした。
「世界ラクロス協会ルール委員会サブコミッティーチェアマン」
それが20年から昨年までの肩書だった。18年に選手会理事となった翌々年、五輪入りへまい進する世界協会の要請を受ける形で、ルール改正に取り組む3人のうちの1人となった。
「IOCからは参加人数を減らすことを求められていました。伴って、さまざまな規則を変える必要が出てきました」
10対10の試合形式を6対6に。競技の骨子を換えるような取り組みに向き合った。
IOCから競技団体として承認を受けたのは18年と遅かった。理由は男女で協会が別々だったこと。
「約20年前までですね。それが五輪に戻ろうというビジョンが掲げられ、一緒になって活動してきたのが近年です」
1908年以来120年ぶりに五輪舞台に戻る。そのために男女間でのルールの違いを調整していく。防具の有無、スティックの深さの違いなど多岐に及んだ。
「毎日毎日3人でルールの話ばかりしてました。米国と北米でのルールの違いもあって、自分たちが作ったという意識から『変えたくない』という主張でけんかになることもしょっちゅうで(笑い)」
例えば、一方がすでに導入していた目を守るアイガードを統一化しようとすれば、他方が「お金がない」という理由で抵抗する。
「1万円ですよ。絶対それが理由ではなく、『抗いたいだけでしょう』ということも。でも、ひとまず聞く、そうしてきました」。
なぜ、その重要な調整役に抜てきされたのか。その過程で分かった。
「私はファーストランゲージが英語ではない。しかも出自はアジア。聞き役として間に入って、とにかく聞き役ですね。文句も(笑い)」
自身は男女それぞれの試合形式が好きで、良い所取りの絵を思い描けた。その柔軟性が緩衝材として6人制構築の作業を前に進めた。
「SIXES」
ラクロスにとって新たなスタイルはそう名付けられた。
「ラクロスの起源」
ルールの整備が奏功する中で、山田が気にかけていた点が1つあった。
「『ホデノショニ』としての出場が認められるのかどうか、ですね」
ホデノショニはアメリカ北東部からカナダにまたがった保留地を持つネーティブアメリカの呼称。「イロコイ」とも呼ばれる6部族により構成される。ラクロスの起源が、ここにある。
「5大湖周辺に暮らしていた6つの民族が争いを止めて平和のための国をつくり、最強の武器となっていたトマホークを平和のツールに生まれ変わらせました。先端から石を取ってそこに網を張って、ボールを届けていくという形になったんです。元々1000人ぐらいでやってるようなものがラクロスの始まりなんです」
競技の創始者への最大の敬意を込めて、これまでも世界大会では国ではなく「ホデノショニ」として出場を認めてきた。長髪を1本に結んで垂らすスタイルの屈強な男女は、多くの選手、ファンから愛されている。
実際、IOCが後援する国際ワールドゲームズ協会(IWGA)主催の22年ワールドゲームス(五輪実施競技以外のスポーツによる世界大会)として行われたラクロスには、ホデノショニとして参加。次は五輪へという流れにも思えるが。
「28年での実施が決まった段階では、どうなるかは決まっていません。近日中に国際協会が話し合いを持つと聞いています。私自身は、ホデノショニが大好きで、何より競技の象徴でもあると思っています。国・地域単位での参加しか認めてこなかったIOCが認めるのであれば、ダイバーシティー(多様性)の観点からも画期的なことですかなとも思っています」
「五輪の価値」
コロナ禍での東京五輪の無観客開催、そしてその後に続いた不正受給問題の数々。日本においての五輪への風向きは厳しい状況が続く中で、国外の五輪への向き合い方の一例が知りたい。それが国際協会の中でのルールを主導した山田との対話の1つのテーマだった。
「まだ、五輪に入る価値は全然あると思います」
単刀直入に聞くと、そう返事が来た。
「ラクロスはまだまだマイナーで小さいからこそ、変化をしていくこと人口を増やしていく。この『SIXES』のおかげで、世界で広がる気がします」
五輪に参入するため。実際に競技人口を増やしていく意味では始めやすさは必須で、人数の減少はハードルを下げる。
「メリットは非常にあると思います。いま10人制よりも6人制の方が面白いという人たちも世界で増えています。点数も入るので」
IOCからは28年までに現在の約90カ国の加盟国から増やすように要請されているが、それは競技団体としても目指す方向性と重なる。
五輪に入るためにおもねるようにルールを変えることの是非はあるが、現実としてラクロスにとっては男女別だった協会を統一し、競技の普及という観点から見れば革新的な動きの契機として五輪を利用できる側面もある。
米国内ではラクロスは過去10年で最も競技人口が増えているスポーツだという。
事務所をロサンゼルスに設置し、プロリーグ「PLL」も盛り上がりを見せている。その興隆も追い風にしての五輪競技の採用だった。
「その中で、同時に伝統をどう残していくか。これは考えなければいけません。それが五輪に取っての新たなフェーズになるかもしれない」
ホデノショニの問題はその最たる例だろう。
「ラクロスという競技自体の先行きが大きく変わっていくのは事実です。でも、選手をしながら生きた視点で生きた意見を入れていく、こういう携わり方ができるのは幸せなことです。オリンピックの価値というものはやるだけじゃなく、作っていくものもあると思います」
来年3月20日にはパートナーシップを結ぶPLLと協力し、日本で初のSIXESの大会となる「WORLDCROSSE」(※)を開催する。100人超の現役大学生も携わり、日本最大級のラクロス国際イベントは、17、18、19、23年に続き第5回を迎える。
「バイデン大統領の声明」
ラクロスの採用決定から1カ月あまりすぎた12月5日、世界ラクロス協会が「ホデノショニ」と共同で1つの声明を発表した。
「ロサンゼルス五輪のラクロス競技へのホデノショニの参加を支援すると表明したバイデン大統領と米国政府に心から感謝の意を表します。ホデノショニの人々にとってのラクロスの文化的意義、ラクロスにとっての文化的重要性を認識することは、私たちの五輪の旅における重要なステップです。
五輪は国家間の理解と平和を促進するための最も強力なプラットフォームです。私たちは、五輪の枠組みを尊重しながら、ホデノショニが五輪に参加するための潜在的な道を模索するために、IOC、ロサンゼルス五輪組織委員会、米国及びカナダのオリンピック委員会と引き続き協力することを楽しみにしております」
どのような結論を迎えるかわからない。ただ、大きな意味を投げかけ、多様性の意味についてスポーツを通じて投げかけている意義は、この時すでにある。【阿部健吾】
※「WORLDCROSSE」 山田が大会代表を務め、100人超の現役大学生が共同で開催する日本最大級のラクロス国際イベント。日本国際大会。「子ども・若者の、夢の選択肢と可能性を広げる」とビジョンに世界のトップ選手を集結させ、日本のラクロスレベルの向上とファンの獲得、ラクロスの関係人口増加を目指してきた。大会の前後には選手たちが近隣の小学校を訪問し、日本の子供たちにラクロスの魅力や世界に挑戦していく楽しさを
教えるイベントも実施する。



