元阪神の鳥谷敬氏(41=日刊スポーツ評論家)がアスリートに迫る「鳥谷敬×パリ五輪の星」。第8弾では自転車BMXフリースタイル・パーク男子の中村輪夢(20=ウイングアーク1st)を直撃した。金メダル候補だった21年東京五輪は左かかと痛も影響し5位に終わったが、今年11月の世界選手権で日本人初優勝(※1)。「いつでも死ねてしまう」というリスクを背負いながら、第一人者が追い求める新境地とは-。【取材・構成=佐井陽介】

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鳥谷 世界選手権初優勝、おめでとうございます。

中村 ありがとうございます! 正直に言うと、子供の頃は「アジア人が世界で勝てるわけがない」と思っていました。自分が勝つことで「日本人でもいける」となってほしいですね。

鳥谷 BMXはもともとどの国で盛んなのですか?

中村 発祥地のカリフォルニアが一番です。米国、オーストラリアが強くて、米国には公園とか普通にBMXできる場所がある。その差はデカいです。でも日本にもやっとそういう場所が増えてきた。今の小6、中1世代は世界で1番レベルが高いかもしれません。

鳥谷 中村選手の影響も大きいでしょうね。

中村 親の力の入れ具合がだいぶ上がって、どんどんスポーツに近づいていますね。ただ、小さい子がやらされているのを見ると、親の重圧に押しつぶされないか少し心配だったり…。

鳥谷 BMXと出会ったきっかけは?

中村 父がずっとBMXをやっていてショップも経営していて、2歳ぐらいから普通に…。15歳のタイミングでスポンサーさんが何社か付いてくれて、通信制の高校を選びました。本当に世界を目指し始めたのは14、15歳ぐらいですね。

鳥谷 練習場所はどうしていたのですか?

中村 公園でやったり、父や友達が作ってくれたり、米国やオーストラリアに行ったり…。

鳥谷 ご両親もなかなか大変でしたね。今日もそうですが、普段からご両親も練習に立ち会うのですか?

中村 はい。転倒して意識が飛んだり、骨折で帰れなくなることもあるので。

鳥谷 相当高くまでジャンプしますもんね。

中村 僕のMAXでジャンプ台から4メートル、地面から7メートルぐらい。2年前は着地の際に足のかかとの骨を折りましたけど、そりゃあ骨ぐらい折れるわなと(笑い)。

鳥谷 怖さは?

中村 常に怖いです。でも大会になるとアドレナリンが出て一気に怖さがなくなるんです。何でもできてしまう気分になります。

鳥谷 となるとBMXに一番必要なスキルは…。

中村 身体能力よりも気持ちですね。少しでも気持ちが切れて中途半端になると、すぐに骨折してしまう。大げさではなく、いつでも死ねてしまうので。

鳥谷 そうなると練習中も気が抜けませんね。

中村 練習は週1回オフを作って1日3、4時間ぐらい。トレーニングはしたりしなかったり、僕の気分で…(笑い)。でもトレーニングは絶対にした方がいい。BMXは1分間走るけど、ラスト10、15秒が本当にキツい。心拍数も上がる中、どれだけペースを落とさずにできるか、なので。

鳥谷 ちなみに日常でも自転車に乗るのですか?

中村 全然乗らないです。移動は基本、車です(笑い)。多分、自転車競技選手あるあるだと思いますけど、いつも乗り物で動いているので、歩くのが大嫌いで…。近所のコンビニでも車で行こうかなと思うぐらいです(苦笑い)。

鳥谷 なるほど(笑い)。ところでBMXの魅力って何だと思いますか?

中村 やっぱりドキドキ感はたまらないです。初めての技に挑戦する時なんかは「骨折するかも」「頭打つかも」とか考えてしまうけど、決まった時の快感は本当にたまりません。

鳥谷 新しい技を考えるのも難しそうですね。

中村 今はどれだけ人とかぶらずにできるか。BMXって、その人の性格が走りに出るんです。教科書通りで見ていて面白くない選手もいれば、ワクワクする選手もいて、同じ技でも印象は違う。ちなみに僕は誰も想像していないところを行こうと考えています。ちょっとでも枠から外れたいと考えているんで(笑い)。

鳥谷 ジャッジする人によって採点が分かれそう。

中村 たまに点数にめっちゃ怒っているヤツもいますよ(笑い)。どれだけすごい技でも2、3回目になると見慣れてきて得点が下がったりしますしね。11月の世界選手権は初出しの技で勝てた。また五輪用にデカい技、面白い技を考えなあかんと思っています。

鳥谷 やはりパリ五輪に対する思いは強いですか?

中村 21年は世界選手権も東京五輪も自分の技を全然出せずに終わってしまったけど、今年はW杯に勝って世界選手権にも勝てた。東京五輪は日本開催で「メダルを取って盛り上げたい」という思いが強すぎました。僕、日本の大会では「絶対勝たな」と空回りしてしまうんです。パリでは何も考えず、自分のやりたいことに集中したいですね。

※1…今年11月9日から13日まで開催された世界選手権(アブダビ)のパーク男子で日本勢初優勝。決勝で新技の「720バースピン to タックノーハンド」を決め、93・80点をマークした。

◆BMXフリースタイル・パーク スピードを争うBMXレーシングと異なり、技を競うフリースタイル種目。高難度のトリックを組み合わせた1分間のランを2回行い、ジャッジによる採点で上位を採用する。

◆中村輪夢(なかむら・りむ)2002年(平14)2月9日、京都府生まれ。「輪夢」はBMXショップ経営の父辰司さんが自転車の「リム」と「車輪で五輪の夢」からつけた。2歳からBMXを始め、13歳で同世代の世界一に。19年はW杯最終戦で初優勝して年間王者。21年東京五輪は5位。22年9月には全日本選手権4連覇。同年11月の世界選手権で日本勢初優勝を飾った。環太平洋大の通信教育課程に在学中。170センチ、62キロ。