「世界陸上」「世界水泳」「世界柔道」…今年もオリンピック(五輪)競技の世界選手権が、民放テレビ各局で放送される。人気俳優やタレントを起用する民放ならではの華やかなスポーツ中継は、平成の時代にすっかり日本に定着した。メジャーとはいえなかった競技の認知度を押し上げ、選手をより身近な存在にした。

昭和の時代、五輪の注目度は高かったが、各競技の中継はNHKの独壇場だった。特に海外向けの映像も制作する世界規模の大会は、民放では難しいと言われていた。風穴をあけたのが91年8月の東京世界陸上だった。日本テレビが約150億円を投じ、1200人を動員して100時間近く放送。海外メディアからも「日本のテレビ局に金メダルを」と絶賛された。

プロデューサーを務めた坂田信久は「陸上は人間の身体能力の極限を競う競技。もっと面白い中継ができる、経費をかけてもやる価値はあると思った」と振り返る。坂田は87年に“中継は不可能”と言われた箱根駅伝を、初めて生中継したプロデューサーでもある。そこで培った高い技術力にも自信があった。「箱根を成功させて、やれるという実感があった」。

中継で徹底したのが「競技を分かりやすく」と「人間ドラマを見せる」の2つ。投てきを地中に埋めたカメラで映し、トラック種目ではビデオ判定カメラを導入。男子100メートルではカール・ルイスとリロイ・バレルのライバルをカメラで追った。無念の敗者の映像にもこだわった。「88年ソウル五輪男子400メートル障害で無敵のモーゼスが負けたのに、彼の映像がなかった。それが記憶の片隅にあった」と坂田。時間とお金をかけて、出場選手の情報を世界中から取り寄せた。

ルイスの世界新記録や日本勢の活躍で視聴率は連日20%を超え、国立競技場は5万人の大観衆で埋まった。坂田のもとで世界陸上の総合ディレクターを務めたWOWOWの田中晃社長は「民放が企業と一体となって世界大会を成功させた。ビジネスとして成立し、視聴率も取れる。その実績を最初につくったのが世界陸上だった」と話す。他局に刺激と自信を与え、他の競技でも世界大会が次々放送される起爆剤になった。

一方で田中は大きな転換期は84年ロサンゼルス五輪にあったと考えている。「五輪が権利ビジネスに変わり、日本ではNHKと民放各局がタッグを組んで全局で五輪を放送するようになった。世界でもこれほど五輪競技がテレビで見られる国はない。これが日本人を五輪好きにさせ、いろんな競技への関心を高めた。その流れの中で世界陸上があった」。

平成は有料放送でもスポーツを見る時代になり、視聴者の興味も幅広い競技に広がった。WOWOWではパラアスリートのドキュメンタリー「WHO I AM」を放送し、その映像を使ったイベントを企業や自治体と連携して全国展開している。「20年後の日本が共生社会に成長する仕掛け」(田中)。テレビという枠を飛び出した、新たな取り組みも始まっている。

民放各局が世界選手権の中継に力を注ぐ一方、近年はDAZNをはじめネット中継も急増している。「多様なスポーツを好きな人が享受できるからいいことですよ。ただスポーツ中継にはスポーツを発展させる力があると思っています。放送権を取った者は最善の放送をする責任がある。そのフィロソフィーは持っていてほしい」と田中。時代は移り変わっても、スポーツ中継の使命が変わることはない。【首藤正徳】

(敬称略)