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今日の誕生日

デニス・ビールマン(1962年)→Pick Up!

スイスの女子シングル選手。1981年世界選手権優勝、1980年レイクプラシッド五輪4位。14年に国際スケート連盟の殿堂入りを果たしている。

嘉手納宙大(2001年)

日本の男子シングル選手。大阪・羽衣学園高3年。20年高校総体24位


Pick Up! デニス・ビールマン

「ビールマンスピン」の技名で知られる欧州を代表する名スケーターが誕生日を迎えました。

スイス生まれ。フィギュアスケートが趣味だった母に連れられてリンク通いが始まると、傑出した才能がすぐに花を開きます。

8歳で国際大会で初優勝、11歳でスイスのジュニア女王となり、13歳の頃には5種類の3回転ジャンプを操っていました。

国際的な知名度を一気に高めたのは14歳で出場した1977年の欧州選手権でした。フリー演技で披露したスピンは独創性にあふれていました。片脚を後方から頭上に伸ばしていき、その脚のブレードを両手で握る。そのまま、高い柔軟性が求められるポジションで回転。それまでのフィギュアの教科書には載っていない技でした。体操のキャリアーもあったビールマンさん。2つの競技を融合し、その後に「ビールマンスピン」を名付けられるスピンを生み出した瞬間でした。


1977年
1977年

翌1978年の欧州選手権でも、耳目を集めました。フリー演技で挑戦したのは3回転ルッツ。女子では初の成功者となりました。スピンとジャンプという無類の武器を備え、きたる1980年レイクプラシッド五輪の金メダル候補として注目を集めるようになります。

本番では苦手の規定演技で12位と出遅れましたが、ショートプログラムは2位、フリーは1位と追い上げました。当時は規定の比率が大きく、4位とあと1歩でメダルに届きませんでしたが、初の夢舞台でビールマンスピンも決めて存在感を放ちました。

1981年世界選手権で優勝を飾った後に現役を引退しました。その後はプロスケーターとして活躍し、世界プロ選手権では11度の優勝。現在はスイス国内で指導などにも携わっています。

ビールマンスピンは日本でも荒川静香、浅田真央、羽生結弦などがプログラムに組み込んだことで、なじみのある技術となりました。


今日の1枚

日刊スポーツが蓄積してきた写真の中から厳選して紹介します。

2015年11月29日
2015年11月29日

15年11月、フィギュアスケート・グランプリシリーズ最終戦のNHK杯でアイスダンス・フリーダンスの演技をする村元哉中(左)とクリス・リード組。


今日の出来事

GPファイナルで村上佳菜子(16=中京大中京高)が3位に入り、日本人女子としては浅田真央に次いで10代で表彰台に立つ快挙を達成した(2010年)

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