5階級が出場した日本男子グレコローマンスタイル代表は、77キロ級の屋比久翔平(26=ALSOK)がただ1人決勝進出を決め、上位2名に与えられる東京オリンピック(五輪)出場枠を獲得した。
日本協会の選考基準を満たし、同代表に内定。父保さん(59)が届かなかった五輪出場を決め、沖縄県出身のレスラーとしても初出場を決めた。「5年前、リオの予選で負けてすごく悔しい思いをした。その時の気持ち、屈辱を晴らせた」と胸を張った。
初戦をグラウンドからのローリングで加点を重ねて9-0で好発進すると、続く準々決勝では一進一退の攻防から、第2ピリオドに投げを決めた。そのままクラッチを外さずに、うつぶせの相手を回転させて8ー3と引き離して勝負を決めた。
勝てば五輪。大一番の相手は19年アジア選手権72キロ級2位と強豪の中国選手。2-2で折り返した第2ピリオドは得点が相手のチャレンジで取り消された場面もあるなか、粘り強く攻め続けて、6ー2で勝利した。
89、91年全日本王者の父は、92年バルセロナ五輪の国内最終選考の試合中に左足を負傷。内側靱帯(じんたい)、前十字、半月板とすべてを痛める重傷で、立つことができず、救急車で試合場を去った。
その悔しさは息子に受け継がれた。物心ついたときには、レスリングマットの上にいた。「オヤジのために。それが一番のモチベーション」とともに歩んできた。自身も昨年子どもを授かった。「子どももできて、そういう面でも(五輪には)強い思いがある」と士気は高かった。コロナ禍で昨年8月に授かった紫琉くんに会えたのは半年以上過ぎてから。東京で練習を積みながら、沖縄にいるわが子の存在を励みにしてきた。
現在は東京で親子3人で暮らし、大きな力をもらっている。父の夢を、父となって実現させた。
「オヤジの夢を1つ果たせたんじゃないかな。これからは自分の夢に向けて。五輪までに1つ2つレベルを上げて金メダルを取りにいきたい」。熱く誓った。



