テニスの4大大会、今季第3戦のウィンブルドン選手権が27日、英国ロンドン郊外で始まる。賞金総額は過去最高の4035万ポンド(約68億円)。しかし、ロシア、ベラルーシの選手を閉め出し、世界ランキングのポイントも反映されない。厳密に言えば、4大大会最古の歴史と伝統を誇る前代未聞の非公式戦、ただの壮大なマネートーナメントが幕を開けるということだ。

ウィンブルドンは、3月1日に、テニス主要団体とともに、ロシア、ベラルーシ両国選手が国旗、国名の使用をせずに、個人でツアーに出場するのを認めると発表している。しかし、4月20日には、両国選手の大会出場禁止の声明を出した。この1カ月と20日の間に、何があったのか。

国際テニス連盟(ITF)の理事で、日本テニス協会の川廷尚弘副会長(52)は「英国政府からの圧力が、相当あったと聞いている」と明かす。川廷副会長は、東京オリンピック(五輪)テニス競技の運営責任者で、10月の楽天ジャパンオープンの大会ディレクターでもある。父栄一氏(故人)はITF副会長で、ウィンブルドン主催者であるオールイングランド・ローンテニスクラブ(AELTC)の名誉会員でもあった。日本で、最も国際大会の事情に詳しい。

川廷副会長は「その間に、戦闘は激化。反ロシアの感情が高まったとしても不思議じゃない」とする。4月上旬に、ウクライナのキーウ近郊のブチャで、民間人を含む400人以上の遺体が確認された「ブチャの虐殺」が明るみに出た。もともと英国政府は、ウクライナ侵攻以前から、反ロシアの方針で有名だった。

加えて、川廷副会長は「王室の問題もある」という。AELTCのパトロン(後援)は、16年までエリザベス女王で、17年からは英国王室のケンブリッジ公爵夫人キャサリンに受け継がれた。王位継承順位第2位、ウィリアム王子の妃殿下だ。

大会最終日、男子決勝の表彰式で、もしもロシアかベラルーシの選手が優勝した場合、1887年から続いてきた金色のトロフィーを、キャサリン妃が優勝者に渡すことを英国民は許すだろうか。「そのようなことになったら、大変なことになるとクラブは考えたようだ」(川廷副会長)。

最終日の夜、AELTCは、ロンドン市内で、男女シングルスの優勝者を迎え、チャンピオンズ・ボール(舞踏会)を開催するのが伝統だ。タキシードにドレスの正式な会で、そこで男女のシングルスの優勝者が2人でダンスを披露する。もし、彼らが、翌日、ロシアに飛び、大観衆に迎えられたらと想像すると、クラブには受けいれる余地はなかったのだろう。そこを、英国政府が突いてきた。

歴史と伝統を誇る英国の中でも、「時間が止まっている」と、その保守をやゆされるウィンブルドン。しかし、進取の気性に富んでいたのもウィンブルドンだった。プロ選手に門戸を開放するオープン化を、最初に決断した。75年に、ドローの本戦入りに、コンピューター世界ランキングをいち早く採用した。

「ウィンブルドンはテニスではない。ウィンブルドンはウィンブルドンだ」と言われる確固たる意思で、政府の圧力と戦うことはできなかったのだろうか。川廷会長は「クラブはじくじたる思いだと思う」とおもんぱかる。やはり、政治にひれ伏す姿は、ウィンブルドンに似合わない。【吉松忠弘】(終わり)

◆ウィンブルドンテニスは、6月27日から7月10日まで、WOWOWで全日生放送。WOWOWオンデマンドでライブ配信される。