22年ぶり2度目の自国開催となる水泳の世界選手権(7月、福岡)に向けた「ユニクロ・ドリームプロジェクト」のキャプテンに、16年リオデジャネイロ五輪(オリンピック)男子400メートル個人メドレー金メダルの萩野公介氏(28)が就任した。
同プロジェクトでは、萩野氏が子どもたちとレースを観戦し、水泳教室なども予定。国内在住の小学生20人が対象で、5月14日まで参加者を募集している。
日刊スポーツで日本選手権の解説を担当した萩野氏がこのほどインタビューに応じ、自身が小学1年生だった01年福岡大会の思い出や、プロジェクトを通じて子どもたちへ伝えていきたい思いなどを語った。【取材・構成=松本航】
◇ ◇ ◇
-2001年の福岡大会、萩野さんは小学1年生でした。覚えていますか
萩野氏「僕、小1の夏休みに(故郷の栃木から)名古屋に引っ越しているんですよね。ちょうどその頃です。スイミングの練習が夜の6時半からあって『今日は(オランダの)ピーター・ファンデンホーヘンバンドだ!』『今日は(オーストラリアの)イアン・ソープだ!』みたいな感じで泳いでいました。ピーター・ファンデンホーヘンバンドは、ただ言いたいだけなんですけれど(笑い)、すごくサ~ッといく泳ぎのイメージを、まねしていました。できていないけれど『どうだった?』って周りに聞いたり…。すごく印象に残っていますね。僕の記憶は(2001年大会の)福岡からなんです。(オーストラリアの)グラント・ハケットとかね。そういった選手を『すげぇな!』って思って、そこが原点といっても過言ではないです。あの頃はまだ(ロシアのアレクサンドル・)ポポフとかも泳いでいましたしね(01年大会は病気で欠場)」
-萩野さんもトップ選手から受ける影響は大きかったのですか
萩野氏「やっぱりテレビの世界は『すげぇ』って思っていました。それを落とし込んで、まねて、できない(笑い)。楽しくやっていました。一緒に練習しているスイミングスクールの先輩、同級生と見るのが楽しかったですね。それと同時に上の学年の選手を見て『あの人たちに勝ちたい!』と思って泳いでしました」
-「ユニクロ・ドリームキャプテン」就任にあたっての思いを教えてください
萩野氏「幼いころから、ずっと水泳を続けてきました。(2021年)東京五輪を最後に現役を引退しましたが、本当にずっとずっと水泳からたくさんのことを教えてもらってきた。現役生活を通して、それを一番感じています。世界水泳は2001年の福岡大会だけではなくて、2003年も、2005年も、以降はずっと見ていました。北島(康介)さんが活躍した大会も全部見ています。そういう風にジュニアスイマーだったころから、毎日スイミングスクールで練習していましたし、世界大会がある時はテレビにかじりついて応援していました。今までは自分のことに集中をして競技し、結果を出すことを求められていました。今は現役を引退して、日刊さんでの解説もそうですし、誰かに何かを伝えるという立場になった。『思いを子どもたちに伝えられたらいいな』と思いました。僕が子どものころに感じたワクワク感を、ユニクロさんの『ドリームプロジェクト』で感じ取ってほしい。このプロジェクトでは一緒にレースを観戦したり、水泳教室も行います。水泳を通して子どもたちと触れ合うイベントが、たくさん入っている。今までは『自分のために泳ぐ』だったけれど、子どもたちが好きなことを経験する、1つのきっかけになってくれたら『とてもうれしいな』と思います」
-4月16日にごみ拾いをスポーツ感覚で楽しむ「スポGOMI」に参加。福岡のオープンウオーター(OWS)会場で行われました
萩野氏「水泳はきれいな水がないと競技できません。僕は他の競技よりも一層、環境に気を使ってやらないといけないスポーツだと思っています。南アフリカの選手が東京五輪の時に来て、選手村から会場に向かうバスの中で『東京には屋上にプールがあるのか。南アフリカでは考えられない』と言っていました。我々は恵まれた環境の中で水泳をさせてもらっています。それをただ受けるだけではなくて、環境問題へ意識を向けたりするのも、現役を引退した今だからこそ、僕ができることだと思います。福岡の世界水泳が大きなきっかけになり、きれいな水、環境問題、子どもとの触れ合いにつながっていったら、すてきなことでしょう。子どもの頃からテレビで見てきた格好いい選手のバトンを引き継ぐような思いで、次世代の子どもたちに『水泳ってこんなに面白いんだよ』『これからの世界はどうなるか分からないけれど、自分のことを大切にしてね』とか、メッセージを伝えていけたらうれしいなと思います」
-ごみ拾いをしていて、驚いたこともありましたか
萩野氏「今回は『海の中のゴミもきれいにしよう!』という取り組みもありました。自転車も2台ぐらい上がっていました。手首に巻き付けてぐ~っと引いても、全然上がってこない。我々は知らないだけで、そういう(海の底にごみが眠っている)現実がある。それに対して行動を起こすことは必要だと思います。『スポGOMI』で今までにはないことができたのも、大きな意味を持つかなと思います」
-競技面以外でも、世界選手権を開催する意味は広がっている気がします
萩野氏「選手たちは結果を出すことが最優先で、それが仕事。『100%のパフォーマンスを発揮してほしいな』と心の底から思っています。現役を引退した僕たちは水泳に育ててもらったし、水泳にいろいろなことを教えてもらった。子どもたちと接したことで、今後何かあった時に『あの時楽しかったし、頑張ろう!』とか『疲れたな。そういえば萩野さんとの水泳教室楽しかったな。今週末、プールに行ってみよう!』といった行動に変われば、うれしいなと思います」
-水泳教室で出したいご自身の「色」はありますか
萩野氏「僕がすごく伝えたいのは『トップ選手だから特別なことをしているわけではないよ』という部分です。トップ選手にしかできない特別な練習方法って、あまりないんです。僕が現役最後までやってきた『グースイム』というドリルがあります。クロールの手を、ただグーにするんです。これって誰でもできますよね。元々パーの手をグーにして泳ぐ。それでグースイムをやって『手をパーにしてごらん』となると、面積が広くなって、水を捉える感覚が優れて泳ぎやすくなる。『トップ選手だから、特別な何かをやっているんじゃないか?』というのではなくて、みんなができるようなドリルで、自分が『今の体はこうだな』と観察しながら、チョイスしていくだけなんです。どの選手も基本に忠実で、丁寧に、泳ぐことを第一に考えています。『雲の上の存在だから、できません』ではなくて『誰でもできることなんだよ』と、身近に感じてほしいなと思います」
-今回のプロジェクトでは、きらびやかなトップ選手と、子どもたちをつなげる存在になる気がします
萩野氏「よく保護者の方から『栄養面で気を付けていたことはありますか? いつからプロテインを飲んでいましたか?』と聞かれるんです。もちろんサプリメントにこだわっている選手もたくさんいるし、食事も栄養に気を付けていますけれど、その前に子どもの頃はよく食べて、よく寝るのが一番速くなる方法だと思うんです。今回も親御さんの目線で見ると『何か特別なことを…』となるかもしれないんですけれど、僕は特別な技術を教えるわけでもない。みんな同じように子どもの頃は誰かに憧れていたし、同じように水泳が好き。現役でやっている選手もトレーニングをして、好きな水泳で自分という存在を表現しています。子どもたちに何か特別なことを(自分が)できるとは思っていませんが『水泳、かっこいいな』『見ていて面白いな』というのを知ってほしい。『お母さん、週末、プールに行きたい!』『海に行きたい!』というように、水泳が身近になってくれたら、僕が今回プロジェクトに携わらせていただく意義になるのかなと思います。有観客にもなりましたし、ドリーム・プロジェクトに当たらなくても、ぜひ、たくさんの人に会場に足を運んでいただきたいなと思います。もしかしたら僕も1人、客席で『ワ~ッ』とやっているかもしれません(笑い)」