世界ランキング1位の小田凱人(17=東海理化)が4大大会(グランドスラム)連続優勝を飾った。世界ランキング2位のアルフィー・ヒューエット(25=英国)を6-4、6-2で撃破し初優勝。6月の全仏オープン(OP)での男子同種目の最年少Vに続き、4大大会2勝目を挙げた。

勝利した瞬間は力強く両手を突き上げた。優勝インタビューでは、全仏OP同様に英語でスピーチ。「夢のようです。こんなにサポートされるとは思わなかったので、とてもうれしい。お酒は飲めないので、炭酸水でお祝いしたいです」と会場の笑いを誘い、満面の笑みを浮かべた。

車いすが操作しづらい芝のコートでも、攻めの姿勢を貫いた。大会前に「やるべきことは限られている。サーフェイス(コートの質)に関係なく、相手に主導権を握らせないことが重要」と話していた通り、冷静に戦い抜いた。第2セットでは2ゲームを先取されながら、そこから6連続で奪取。ヒューエットとは1月の全豪OP、6月の全仏OPに続き、グランドスラム3大会連続で決勝で顔を合わせたが、圧倒的な力で制した。

飽くなき向上心が連続優勝につながった。先月10日に17歳33日で全仏OPを制した瞬間のこと。歓喜の輪の中で「すぐにでもウィンブルドンでタイトルをとりたい」と真っ先に心を切り替えていた。快挙達成よりも「これを何度も経験したい、より多く達成したい」という渇望が勝った。

その姿勢は9歳で左股関節に骨肉腫を発症し、10歳で競技を始めた頃から変わらない。「7年前からの目標や夢は何一つ変わっていなくて、その頃からグランドスラムの優勝と世界ランキング1位というものを常にモットーとしながら頑張ってきました。その頃から自分は世界一になれると思って行動していました」。世界の第一線で活躍するアスリートの動画を視聴しては、言動やマインドセットを模してきた。

来夏にはパリ・パラリンピックが開催される。「パリでの金メダルは、何よりも一番大きな目標なので、そこを目指して頑張りたい」。大目標へ向け、何度でも世界の頂点に立ち続ける。

◆小田凱人(おだ・ときと)2006年(平18)5月8日、愛知県一宮市生まれ。サッカー少年だった9歳の時に左足に骨肉腫を発症。国枝慎吾さんに憧れ、10歳から競技開始。21年に史上最年少の14歳11カ月でジュニア世界ランク1位。22年4月にプロ転向。同5月の全仏オープンに4大大会史上最年少で出場。23年1月の全豪オープン準優勝。同6月の全仏オープンを17歳33日で制し、男子同種目で最年少優勝達成。同8月に日本初の国際テニス連盟(TTF)公認のジュニア大会「日本生命 岐阜オープン」(8月10~13日)を主催予定。