宮崎・南郷キャンプ第3クール。西武炭谷銀仁朗(29)はサブ球場での居残り特守で、盗塁時の二塁送球の練習を繰り返していた。

 スタッフ2人が、投球がミットに入ってから、二塁カバーの野手のグラブに入るまでのタイムをはかる。平均をとることで、測定の精度を上げる。

 1・95秒、1・91秒、1・87秒…。身体が温まるにつれ、タイムが短くなる。「1・84!」。「今のはすごい」。そんな声につられ、各所からファンが集まってくる。

 2秒以下なら、プロでも強肩好守の捕手と言われる。それがこの日の計測終盤には、炭谷のタイムは1・80秒まで縮まった。

 好タイムが出るたび、どよめきと歓声が上がる。二塁に送球する。それだけで、あたりはメイン球場でのフリー打撃以上のにぎわいになった。


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 客を呼べる送球。ファンをうならせる送球。炭谷は「タイムだけで言ったら、1・6秒台を出したこともありますよ」と事もなげに言う。

 「でも、そこは目的じゃなく、あくまで手段ですからね」。防具を持ち直しながら、そう断った。

 「いくら数字が良くても、タッチする位置から離れたところに投げていては、意味がない。野手が捕球後にタッチ位置までグラブを動かす分で、2秒を超える捕手と変わらなくなる」

 「そもそも球種を読まれたり、投手がモーションを盗まれれば、どんなにいい送球をしても盗塁阻止は難しくなります」

 汗をぬぐいながら、言葉を続ける。炭谷はさらに「数字のマジック」を冷静に解き明かす。

 「僕は、盗塁阻止率を上げることが捕手の仕事のゴールじゃないと思っています。例えば、100回走られて50回刺した捕手と、10回走られて2回しか刺せなかった捕手がいる。阻止率は5割と2割。でも、より多く進塁を許したのはどちらですか?」

 すべては勝つため。そこから逆算する。すると盗塁阻止率と同様、あるいはそれ以上に「相手の盗塁企図数を減らすことこそが勝利につながる」という答えが導き出される。

 「盗塁企図数を減らすのは、捕手の力じゃないという考え方もある。でも古田さんは130試合で、盗塁企図数を40回くらいに抑えた年もあった。捕手としては、やはりそういう境地を目指したいです」

 居残りで二塁送球の速度、精度を高めるのも「盗塁企図数を減らす」という意図あっての取り組みだ。

 「同じ盗塁成功でも、明らかに捕手の技量不足、ミスで決められているのと、そうでないのでは意味が違う。『この捕手は走りにくい』というイメージをつくるためには、自分側にある盗塁を許す要素を、極限まで減らさないといけない」

 その上で、投手にも共同作業を求める。あくまで、チームが勝つために、だ。

 「投手は『クイックとかで盗塁のスタートを切りにくくするのは、盗塁阻止率を上げたい捕手のため』と考えがち。でも僕は違うと思う。投手自身にとっても、進塁されない方が投げやすいに決まっている。そもそも、相手を進塁させないのは、チームを勝たせるためでしょう。勝てるチームは、細部までそういう意識が共有できているんじゃないかと思うんです」



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 このキャンプ、炭谷はオフ前日のたびに、若手投手を夕食に連れ出している。

 あえて野球の話はしない。リラックスして話せる関係づくりにとどめる。それはいずれ行う「勝つため」の意識づけの下地だ。

 今季、岸が楽天に移籍。そして南郷キャンプに参加する投手20人中11人が、初のキャンプ1軍スタートと、投手陣は若返りの時を迎えている。

 若い投手たちに「勝つため」の意識を植え付ける。それは今季、炭谷の大事なミッションになる。

 「盗塁企図数を減らすために、一緒に頑張らないといけない」という話も、いずれはしていく。

 その際「自分も企図数を減らすために、これだけのことをしている」と示せれば、理解は得やすい。

 二塁送球タイム1・8秒の好記録はまさに「説得力」だ。熱を帯びた居残り練習の裏には、若いチームを勝てる集団に育てあげるビジョンがあった。

 「経験がある投手が減ったのは確かに痛手です。でも若い投手は、ベテランよりも素直に考えを受け入れてくれる部分もあると思う。そういう部分がプラスに働いて、チームが勝つために一丸になれることもある。そんな可能性を、今年は感じてますけどね」

 そう言い残し、炭谷はウエートトレーニング室に入っていった。誰か若手選手を呼び止め、声をかけている背中が見えた。【西武担当 塩畑大輔】