くやしいのう、くやしいのう。私と同世代の方々だけでなく、日本人なら誰でも知っているといっても過言ではない漫画「はだしのゲン」で、よく出てくるセリフ。聞いたことがあるでしょう。

 くやしいのう、くやしいのう。広島が負けてしもうたよ。熱い日本シリーズが終わり、二刀流モンスター大谷を擁する日本ハムが4勝2敗で広島を下しました。くやしいのう、くやしいのう。…広島の方々はこんなふうに思っているのでしょうか。

 いいかげんな英語で申し訳ないのですが、プロ野球チームの優勝、活躍が大きく注目されるときは、たんにその球団のファンというだけでなく、世の中にムーブメントを起こしたときがそうだと思います。

 ムーブメントを起こすのに一般的なのが、久しぶりであるということでしょう。私が虎番キャップだった03年、星野仙一氏率いる阪神は18年ぶりのリーグ優勝というだけでなく、すっかり負け犬根性が染みついていたダメ阪神が変身したという意味でも、阪神ファンだけではなく多くの人々に支持されました。

 今回の広島も同様でしょう。そこに加え、約21億円という大リーグ球団からの巨額のオファーを蹴って、広島に戻ってきた黒田の存在。そしてカープ女子が大好きな、たたき上げの若手たち。さまざまな要素が絡み合って25年ぶりのリーグ制覇と、本当に魅力のあるチームになって大きなムーブメントを起こしました。

 そして、正直、あまり注目されませんが緒方監督の存在もあります。ガチガチになっていた就任1年目の昨季から指導者として大きく成長。チームを引っ張りました。

 日本シリーズでは、あの継投策はどうだったのか、あの選手起用はどうかなど、いろいろな指摘があるのは承知していますし、私自身、思うところはあります。でも緒方監督はそれをすべて背負っているのですから、これ以上言うことはありません。

 DeNAとのクライマックス・シリーズ前夜、緒方監督に電話で話したときのことです。

 亡くなられた山本一義さんに関することで連絡したのですが、話している間に、いろいろな思いがこみ上げてきて、私は言葉に詰まってしまった。「とにかく、いけるところまでいってください」と言って、電話を切りました。

 翌日、マツダスタジアムで顔を合わせると緒方監督は「何をそんなに入れ込んどるんですか?」と言う。そこから、突然、こんな話を始めました。

 「ボクはね。覚悟をしてるんです。覚悟ってなんなのと言えば、要するに負けることを覚悟するということです。勝つか負けるか。負ければボクの責任なんですから。選手は悪くない。ボクが責められれば、それでいい。そういう覚悟ができたということです。去年は勝ちたい、勝ちたいばっかりだった。だから苦しくて自分を追い込んでいた。今もしんどいけど、去年とは違うんです」

 日本シリーズ敗退の夜、そんな言葉を思い出しながら、球場を去る緒方監督と握手し「お疲れさま」と声を掛けました。「どうも!」と明るく、返してくれました。

 監督だけではない。黒田も。新井も菊池も田中も丸も鈴木もみんなみんな明るいカラリとした表情でした。落ち込んでいる選手はいませんでした。

 その顔は「今年はこのぐらいにしといたろか。次、見とけ」と言っているようにも感じられました。

 もちろん、そう思っているのは広島ナインだけではない。阪神も巨人もオリックスも、どのチームの選手もそう思っているはず。シリーズが終わったこの30日から来季への準備が始まっているのです。