一塁ベースでうずくまる神村学園・松尾将太捕手(3年)に優しく声をかけたのは、敵の一塁手だった。高岡商・菅沢陸内野手(3年)だ。
菅沢 粘り強いねえ。足、大丈夫?
松尾将 大丈夫だよ。ありがとう。
3点を追う9回表、神村学園、最後の攻撃だった。1点を返し、なお2死一塁で松尾将は二塁へ飛球を打ち上げたが、敵失で生き残った。ところが、両足首をつってしまい、立てなくなった。この時、菅沢が声をかけてくれた。スパイクのひもをほどくのも手伝ってくれた。
結局、松尾将は臨時代走を出され、チームメートに体を支えられながらベンチへ下がった。その後、さらに1点を加えたが、1点届かずに敗れた。
試合後、松尾将はいすに座ったまま取材を受けた。最後の夏が終わり「監督さんに申し訳ないです」と涙声になった。表情がゆるんだのは、菅沢のことを聞かれた時だ。
松尾将 大人の高校生だなあ、と思いました。1つ、2つ、自分より上だなと。
そう言って笑顔を見せた。
勝った菅沢も相手をたたえた。
菅沢 (松尾将は)捕手という一番疲れるポジション。キャプテンでもあるし、いろいろあると思う。でも、倒れている間も「痛い」とか、弱いところは見せなかった。最後まで出て欲しかったので「大丈夫?」と声をかけました。
高岡商には「相手のプレーを称賛する」というモットーがあるという。
菅沢 相手がファインプレーをすれば拍手するし、いい打球を打てば声をかけます。
甲子園は必ず、勝者と敗者が生まれる場所だ。そこには、勝敗を超えてリスペクトしあえる交流も生まれていた。【古川真弥】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)