11月16日、明治大の優勝で幕を閉じた神宮大会。その前日、準決勝で明治大と対戦した上武大。谷口英規監督の携帯が学生コーチとメールのやりとりをしたのは、前夜9時を過ぎたころでした。
谷口監督「やり残したことはないか? チーム全体はまとまっているか?」
学生コーチ「下級生は4年生のためにどのように引退をしてもらうか考えていると思いますが、4年生として足跡を残す部分ではまだ二極化になっていると思います」
谷口監督「まとめろ!」
学生コーチ「山本や中山から4年生に対し話をして4年生としてまとまりたいのですが、どうしても引退が頭にある選手が何人かいるのでどのように話を進めていいのかわからないので教えていただけますか?」
谷口監督「言いたいことを言えばいいだけだよ。本気でな」
学生コーチ「これから4年生でぶつかってきたいと思います!」
上武大野球部の部員は224名。4年生だけでも50名の大所帯。それまで、この4年生はメンバーとメンバー外の野球に取り組む意識の違いから出る溝が、何度も問題になっていました。最後の大会。強豪、明治大との試合を前にチームはこのままでいいのか? 全員が悔いを残さずに終わるにはどうしたらいいのか。夜10時から、急きょ選手だけのミーティングが行われました。
そこで-。
学生コーチでありながら、応援団長も務める中山龍樹君は、メンバー外の選手たちに語りかけました。
「メンバー外にだってチームのためにできることは絶対にある。俺たちが応援しないでどうするんだ? 最後までやることに意味があるだろ?」
今、自分たちにできることは応援すること。小さい声でも、チーム全員が声を合わせれば、神宮に響く大きな声になる。応援の声に後押しされ、メンバーたちの力が生まれる。今こそ、チームが1つになって戦うときなのだ、と。
そんなメンバー外の選手たちの声に、キャプテンの山本兼三君(4年・一塁)は、全員を前に誓いました。
「明日は、よそ行きの野球はしない。俺たちは全力で走って、泥臭く上武らしい野球をしてくるから。相手の応援もスゴイけど、メンバー外がまとまったときの力は本当にスゴイ。プライドをもってみんなで戦おう」と。
翌日の準決勝、明治大戦では中日にドラフト1位で指名された柳裕也選手、ヤクルトにドラフト2位で指名された星知弥の投手リレーの前に5安打無失点。惜しくも0対3で敗戦しましたが、ゲームセットの瞬間までスタンドの選手たちは声をからして応援。最後には、「お客さんにも応援を呼び掛けて、スタンドが一体になって応援できる」というジョイフル(いきものがかり)を全員で熱唱し盛り上げました。
- チームから選ばれた応援団3人。左から市原望美君(3年・外野手)、応援団長の中山龍輝君(4年・学生コーチ)、吉川大亮君(4年・学生コーチ)
「なんで俺たちが応援しなくてはいけないんだ」
春、リーグ戦が終わった後、メンバー外の選手たちから出た声。
「みんなの力が必要なんだということを、どう伝えたらいいのか。どうやったら力を貸してくれるのか。わからなくて、監督に相談することも度々ありました」(中山君)
谷口監督のアドバイスは、「本気でぶつかれば相手に伝わる」。
何度もミーティングをしては、メンバー外の選手たちに“本気”で話しました。
「メンバー外の力がないとチームは1つになれない。小さい力が大きな力に変えられる」と。メンバー外に遠慮してなかなか口に出して言えないキャプテンの山本君に代わり、そのパイプ役としてお互いの気持ちをつなぎ合わせました。
- 選手全員で声を枯らした応援は、神宮球場に響き渡りました
ブラバンの数も、応援団の数も明治大には叶わないけど、スタンドの選手たちが声を一つにして歌った応援歌は、この日、神宮球場にどこよりも大きく響き渡りました。
「上武大の応援はどこにも負けない。メンバーも、スタンドの選手も今日は本気で戦うことができた。これができるのも上武大だからこそだと思います」と、山本君は試合後、キャプテンとして胸を張りました。
選手として入学も、3年秋、チームのために自分は何ができるのかを模索し、学生コーチ、そして応援団長に転身した中山君は、この4年間で、野球の技術だけじゃなく人の気持ち、裏方の気持ちも学ぶことができたと言います。
「選手のときは自分中心で考えていました。でも、学生コーチをやって、スタッフの気持ちもわかり、練習ができていることは当たり前じゃないんですよね」
- リーグ戦や大会では応援団長を務める中山君。チーム内での信頼は大きい
プロ野球や社会人野球へ、と華々しく大学野球を終える選手たちの影で、人として成長した証を、人生の大きな自信にかえ次のステップに進む選手たち。この日、試合には負けたけど、彼らがとっても大きく見えました。