仙台育英の打者が打った球はどれも加速度を上げて飛んでいき、外野の深い所に落ちていきました。打者は風のような速さでベースを回り、次々とホームイン。声を掛け合っても、1つのアウトがなかなか取れない。佐沼の先発、塚本樹投手(3年)は「4番の福山君を低めのスライダーで攻めたら、右中間にもの凄い打球が飛んで行った。あれで、投げる球がなくなってしまいました」。守備タイムを1回挟んで、円陣を組む。「1つ1つ取って行こう」。打者15人、12失点(本塁打1、三塁打2、二塁打2)。約30分にも及んだ1回裏の守備に、茂泉公己監督(42)は「1回表のウチの入りが悪くなかったからか、ものすごい集中力で跳ね返された。これが育英の強さ」と完敗を認めました。

 準優勝した2014年以来、夏の準々決勝進出を果たした佐沼。ベスト8では唯一の1回戦からの参戦。堅い守備と、犠打で広げた好機を確実に生かすのが今年のカラーです。初戦・柴田農林戦は7つの犠打を企て、2回戦・仙台三戦ではスクイズで先制しシード校を完封。3回戦・涌谷戦は劇的サヨナラ勝利、4回戦・仙台戦は左の好投手を4連続犠打でゆさぶりした。4犠打中3つが初球打ちと、日ごろから集中力の高い練習をしてきたことが伺えます。

 仙台育英戦は0-21という大敗となりましたが、初回の打者15人中、四球が1個だったことは塚本投手が冷静さを失っていない証拠でした。この日はとっておきのシンカーを披露。要所にちりばめ、大会前にバッテリー間で決めた「緩い球で、ズラす」のテーマを貫きました。1球ごとにポジショニングを変えていた外野陣の守備もレベルの高いものだったと言えます。

 打撃にも光る一幕がありました。3回表。育英の2番手・鈴木投手が投球練習で変化球をほとんど投げていないのを見るや「直球主体で来る」と読み解き、変化球を捨てることをベンチ内で共有。9番大場選手が初球のスライダーを見極め、2球目の直球をレフト前にヒット。「速いぶん、芯に当たれば飛んでいく」。1回表の右翼守備では、強風で打球を後ろにはじくミスがありましたが、気を取り直してチーム初安打。「根拠ある強さ」が随所に見えた戦いでした。佐沼全校応援団に沸いた超満員のスタンド。こういった仕掛けに気づき、感心したファンも多かったはずです。

 「真剣に向かったから、仙台育英も本気でかかってきたんだ。周りが何と言おうと、お前たちはやり切った。1、2年生いいか、この試合の意味は大きいぞ」と選手に話した茂泉監督。翌日、14時からの練習は新チーム23人、紅白戦からのスタート。0-21のスコアを胸に刻み、先輩たちが実行してきたように、また1から。勝利のための取り組みを、前向きに積み上げていきます。【樫本ゆき】

 ◆樫本ゆき(かしもと・ゆき)1973年(昭48)2月9日、千葉県生まれ。94年日刊スポーツ出版社入社。編集記者として雑誌「輝け甲子園の星」、「プロ野球ai」に携わり99年よりフリー。九州、関東での取材活動を経て14年秋から宮城に転居。東北の高校野球の取材を行っている。