阪神への復帰が決まっていた藤川球児投手(35=四国IL・高知)が24日、大阪市内のホテルで入団会見に臨み、古巣への思いに涙を見せた。再入団を決断した一因として虎ファンの存在を挙げ、言葉を詰まらせた。12年以来、4年ぶりのタテジマに戻り、背番号18をつける。
-阪神のユニフォームを着るということに関して
藤川 一番自分の人生の中で輝きをもたらしてくれた球団、自分の人生の中で一番中心となるのは阪神タイガース。タイガースから離れれば、阪神タイガースの話は出来ないと考えていました。これからはまたタイガースのことを全身全霊で、グラウンドでいつ倒れてもいい覚悟でやれると思うと本当にうれしく思う。
-家族の反応は
藤川 もう家族は一番大変なんで。まだアメリカで暮らしてますし。妻がいなければ苦しいですし、子どもたちの頑張りに負けないように。
-家族で頑張ってきたという思いがあったのか
藤川 ……(うつむく)。僕だけじゃない。家族ではお父さんであり頑張っている。そういう役割でもあると思う野球選手は。
-期待か不安か胸中は
藤川 自信もあります。だけど不安があるから練習をするわけですから。不安がない選手はいないと思う。不安がなくなればやめるときだと思う。
-来季から金本新監督
藤川 (自分が)やれることをしっかりやって、監督がやってほしいこと、球団がやってほしいことに応えるだけ。選手が自分の役割はこうだというのはおかしいと思っている。俺はクローザーじゃなければダメとか最初から思ったことはない。セットアッパーで活躍させてもらって、久保田が故障したんで、その流れで後ろに回っただけ。すべては導かれるもの。自分の力を信じて努力するだけ。
-金本監督と会食
藤川 その時は監督でなかった。僕が契約したのは今日(24日)。今日から金本監督と呼べる。うれしいという気持ちと、寂しいという。なんか一緒にやった人なんですけど、ほんと私生活でお世話になった。食事行ってたくさんの話してもらったという記憶が強い。もう少し、そういう時間を持ちたかったかなと。今日、タイガースと契約させてもらったんで。金本監督の手のひら(の上)で、自由に暴れ回ってやらしてもらうくらいの大きな監督。信用して全力でやりたい。
-背番号18
藤川 背番号も含めてこだわりがない。ただ球団からいい番号を与えていただいたというのはすごく感謝している。自分から背中は見えないので。みなさんがどう判断するか。
-甲子園で投げるイメージは
藤川 まだないです。どういう風に練習して、そういう風に体を仕上げていって。毎年スイッチをオンとオフを持ってやることで覚悟が生まれて、やらなきゃヤバイという覚悟が出る。
(会見後)
-高知でプレーしたときと今の気持ちの違いは
藤川 僕は同じ気持ちだったんですけど、高知まで来てくれたんでね。タイガースファンの方がね。人の心として裏切っちゃいけないというのが強かった。最後に動かしてくれたのはファンですね。関西は人情の街でしょう。僕は関西人とちゃうけど(笑い)。
-高知のファンには
藤川 タイガースファンが1人でも2人でも増えたら。僕がこれから進む道は重要だったと思う。子どもたちには。僕は背負ってやるし、阪神戦を見に来て違う選手でもいいから、野球の良さを見てほしいです。
-金本監督との話は
藤川 「自分のことは気にしないでください」と言いました。金本さんはもっと大きなことを今からされなきゃいけない。知っている選手、たかが1人のことで尽力してもらう必要はない。「無視してください」とね。やりたいことをやっていただいて、こうしろと言われたら、全部従いますと。
-パレードをしたいと
藤川 1試合1試合、甲子園の試合も大事だし、負け試合を作れない球団で、負けてても勝って喜んで帰ってもらって、その回数が増えて、お客さんが増えて最後に優勝して日本一になる。そこに対する同じ思いの人間が集まるはず。(過去にパレードを体験して)覚えているんですよね、喜んでいる姿を。絶対にお礼をしないといけない。
-今の状態は
藤川 僕にすれば、今の自分がベストですね。皆さんの記憶は点と点がつながっているので、おぼろげなんですよね。いつなんだ、というのが分からない。2005年に80試合投げましたけど、そのときの中盤くらいからつぶれると言われ続けて、毎年、言われながらやっている。自分は次の1歩を踏み出さないといけない。150キロのリリーフできますよ。それに意味があるか決めるのは監督であったり球団じゃないですか。
-阪神の同僚に連絡は
藤川 みんな、だいたいしました。メールして、LINE(ライン)して。