かつて宮本は自身のようなタイプを「(チームが)勝って評価される選手」と評した。3度目の日本一に輝いた2001年にプロ野球記録のシーズン67犠打をマークするなど、通算2000安打と400犠打を両立させたただ一人の選手。抜群のリーダーシップと高度な技術を持ち合わせた名脇役が引退を決意した。

 全員プロ選手で初めて臨んだアテネ五輪で主将の大役を任された。普段のチーム同様に、一流が集まる舞台でも気づいた点は指摘し、チームを束ねる姿に信頼が厚い。

 4年後の北京五輪でも主将に指名された。このときに日本代表を率いた楽天の星野監督は「彼はリーダーシップがずばぬけている」と選んだ理由を語っている。日本プロ野球選手会の選手会長としてグラウンドの外でも球界のために尽力した。

 引退は入団以来、一度しか経験したことのない最下位に沈んでいる中で決めた。昨季一時は引退を決意しながら小川監督からの慰留を受けて現役を続行。12年ぶりのリーグ優勝を目指していたが、チームが苦境に立たされている中で自らの成績も低迷している。

 引退は決めたが宮本は「まだ完全に3位(の可能性)がなくなったわけじゃない。そこを目指してみんなで力を合わせたい」と戦う姿勢を示す。日本シリーズ出場の可能性を残すクライマックスシリーズ進出へ、最後までリーダーシップを発揮する。