阪神の主力が14日、東日本大震災の被災地である宮城・名取市立閖上(ゆりあげ)中学校を訪れた。今季、米大メジャーから日本球界復帰1年目の西岡剛内野手(28)は初めて被災地を訪問。中学生とは給食を食べながら交流し、刺激も受けた。6月に入り、打撃は低調だが、新たなパワーを得て交流戦終盤を戦う。
生徒が歩く2階からはミシミシときしむ音がした。メジャーから日本に帰ってきた西岡が初めて東日本大震災の被災地に足を踏み入れた。甚大な津波被害に遭った宮城・名取市の閖上中学校へ。大地震から2年がたつ。それでも、校舎が全壊し、昨年8月に完成した仮設校舎で授業を受ける現実に傷痕の深さが見えた。初めて、あの地震に肌で触れ、険しい表情で言った。
西岡
震災のとき、アメリカにいてテレビの映像でしか、震災の風景を見ていない。日本という国、宮城県という被災地を心配することしかできなかった。そのままになっている現場もまだあると思います。忘れてはいけない出来事です。
11年3月11日、西岡はメジャー挑戦1年目。ツインズでプレーし、オープン戦期間中だった。震災直後はいち早く動き、宮城県に義援金を送った。その被災地を初めて訪れ、1人の人間として、そしてプロ野球選手として中学生と明るく会話し、振る舞っていた。
給食タイム。3年1組の教室で中学生と机を囲み、気さくに話し掛けては笑いを誘った。「野球やっている人いる?」。ぐるりと周囲を見渡しては話題を変える。「誰と誰が付き合ってるとかないの?
同じクラスで付き合っている子はおらんの?」。何げない会話こそ、ありふれた日常。真剣勝負の球場では気持ちが張り詰めるが、自然と心は和んだ。
開幕から1番打者として奮闘するが、足の状態が万全ではない。3割台を推移していた打率は2割8分4厘まで低下。6月は月間打率1割2分8厘と深刻だ。思うように打てず苦しんできたなかで、笑顔を絶やさない中学生の心を知った。
西岡
僕は野球をしていて打てなかったり、勝てなかったりして落ち込んだり、悩んだりするけど、子どもたちと会って、僕自身幸せなことで悩みを抱えているのだなとね。想像つかない苦しみ、悩み、心に傷を負った生徒たちもいる。子どもなのに、前を向こうとしている。元気を与えに来た立場なのに元気をもらった。今日、会った子たちが野球に興味を持ってくれるだろうし、一生懸命やりたい。
誰もが、未来へと歩くのだ。前へ、前へ。人に影響を与え、人から影響を受ける。西岡が大きなパワーを受け取った。【酒井俊作】



