<ヤクルト8-10中日>◇27日◇神宮

 日本記録の55本塁打まで、あと5本!

 ヤクルトのウラディミール・バレンティン外野手(29)が、1試合2本塁打で50号に到達した。2回に2試合連続となる49号3ラン。7回にマドリガルから50号ソロを放った。8月は16本塁打となり、月間最多記録に並んだ。55本塁打の瞬間を見るため、家族も来日する日程を早めるという。史上4人目となる55本塁打の達成は、もう視野に入ってきた。

 「50号」の大台へ、バレンティンが一気に乗せた。2回に中日の中田賢のスライダーにも泳がされず、左翼席上段まで持っていく3ランで49本目。「自分でもびっくりするくらい、うまく対応できた」と、今季6打数無安打の天敵から放った自画自賛の1発で勢いに乗った。

 もう手が付けられない。7回には、中日マドリガルの146キロ直球を思い切り芯でとらえ、左翼席中段へライナーで運んだ。この日2本目の1発で、03年のローズ(近鉄)とカブレラ(西武)以来、セ・リーグでは02年松井(巨人)以来の大台に達した。「自分のいいスイングが、いい結果につながった。50号が打てて素晴らしいし、うれしい」と振り返った。

 試合後には「正直、50本も打てるとは想像もしていなかった」と言った。だが、本心は違う。残り7本で迎えたこの日、日本記録を完全に意識し始めていた。55本塁打を放ったのは、これまで3人だけしかいない。試合前、記録保持者はだれかと聞かれると「ローズ、カブレラ、サダハル・オー」と答え、少し間を置いた。「アンド…バレンティン」と続け、にやりと笑った。これまでは「達成できればいいね。そうなるように頑張る」を繰り返していたが、すでに“記録達成者”に自分を入れていた。

 偉業達成の日に備え、準備も始めた。米国にいるカルラ夫人と長女ミアちゃん(1)の来日に向け、ビザ申請を開始。今秋に来日する予定だったが「近づいたから。(55本目の試合日に)いてくれればいいからね」と早めた。すべては、早期達成への自信の表れ。痛めた左アキレスけんの状態は1日ごとに変わるというが、精神は充実の一途をたどっている。

 年間64・9本ペースと、55本塁打をはるかに上回り始めた。ボールが続くと球場からブーイングが起きるなど、周囲の期待も高まってきた。だが「重圧には感じていない。ボールなら四球を選んで一塁に歩くだけだよ」と言い、こう結んだ。「自分としては自信があるけど相手があることだから。勝負してくれるかどうか」。力強く、新記録達成を宣言した。【浜本卓也】

 ▼バレンティンが49、50号。シーズン50本以上は03年ローズ(近鉄)カブレラ(西武)以来9人、14度目で、チーム111試合目の50号到達は02年カブレラの117試合目を抜く最速記録。これで8月16本目となり、81年7月門田(南海)94年8月江藤(広島)04年4月阿部(巨人)の3人がマークした月間最多本塁打記録に並んだ。1試合2本以上は今季10度目で、シーズン10度以上の固め打ちは85年バース(阪神)11度、85年落合(ロッテ)11度、64年王(巨人)10度、76年マーチン(中日)10度に次いで5人目になる。今季のバレンティンは338打数で50本。打数÷本塁打で計算する本塁打率の過去最高は74年王の7・86(385打数で49本)だが、バレンティンは現在6・76。本数だけでなく、本塁打率にも注目だ。<月間15本塁打以上の打者>◆16本

 門田博光(南海)81年7月=21試合

 江藤智(広島)94年8月=26試合

 阿部慎之助(巨人)04年4月=23試合

 バレンティン(ヤクルト)13年8月=22試合◆15本

 王貞治(巨人)70年6月=20試合

 大杉勝男(東映)72年5月=23試合

 長池徳二(阪急)72年9月=24試合

 王貞治(巨人)73年8月=24試合

 ギャレット(広島)78年4月=23試合

 マニエル(近鉄)79年5月=27試合

 宇野勝(中日)84年8月=25試合

 カブレラ(西武)01年4月=23試合

 カブレラ(西武)02年8月=26試合※試合は出場試合数