<強竜への提言(下)>

 元横浜の日本一監督で野球評論家の権藤博氏(75)による強竜復活への提言第2弾は、ベンチワークだ。Bクラスに終わった中日の谷繁体制1年目は、起用や采配面で選手個々に「厳し過ぎたんじゃないか」と指摘。上に立つ者は、勝負の世界に相反すると思われがちな「優しさや愛情」を注ぐことで、選手が力を発揮できるとエールを送った。

 今季の中日首脳陣は「厳しさ」を前面に打ち出して戦っていた。ただその厳しさの中には、違和感を覚えるものもあった。たとえば大野への指導法だ。1回KOされた試合中に名古屋に帰して2軍に落としたり、KO翌日のベンチ入りもあった。もどかしさの裏返しなのだろうが、この世界で味方にたたかれて伸びた選手は見たことがない。敵と戦っている最中に味方につらく当たられ、それをさらされるほどつらいものはない。発展途上とはいえ、去年10勝して開幕投手も志願した投手。陰では対話もして諭しているのだろうが、選手のプライドはそんなものじゃない。プラス効果があるとは思えなかった。

 主力投手陣の入れ替えも多く、武藤、田島、岡田らが1、2軍を往復した。最後は54試合も投げた新人の祖父江も落とされた。でも彼らは他球団の中継ぎと比較したらスゴイ投手ですよ。今年の防御率は巨人がトップだけど、中日が2位なのは彼らのおかげ。田島なんて荒れ球が持ち味で、相手がスゲー球を投げるって一番嫌がる投手だ。中日の投手はみんな田島の力を分かっている。あの田島さんでも簡単に落とされる、じゃあオレなんて…と仲間は感じる。味方にプレッシャーを与えてどうするのか。

 もっとみんなの力を認めてやらないと。ダメだからと取っ換え引っ換え落とすのが厳しさじゃない。力を認めてやらないと人は育たない。個々の能力は高いのだから、もっと個性を引き出すことに力を入れてほしい。カブレラもクイックができないとかで長い間2軍に落としていたけど、おかげで暴れ馬的な持ち味が死んだ。力はあるし来年ヨソに行かれたら大変ですよ。

 4番もコロコロ変わった。平田、ルナ、和田、森野の4人で回したけど、チームの顔を変えると迫力がなくなる。特に新体制の顔を任せた平田は抜てきの4番。抜てきの4番を下位に下げると相手は何だ失格か、顔を変えるぐらい弱いんだとなる。実績ある和田やルナや森野を外すのとは意味が違う。平田は交流戦から外されたけど打率は3割を超えていた。それで下げられたらなえるだけ。抜てきの4番に、打てないと外すぞとプレッシャーをかけ過ぎたら萎縮するだけで伸びるはずがない。最後は4番に戻したけど本塁打は11本。持ち味の豪快さをなくしたように映る1年だった。

 1度遊撃失格とした高橋周に、8月終盤から何試合か遊撃を守らせたのも疑問だった。本人は「また苦手な遊撃をやるから打てません」と言い訳をするタイプではない。でも2軍でも三塁に固定され、生きる道は決まったと本人も腹を決めていたはずだ。今季開幕当初のベンチワークにはブレがなかった。でも思うように勝てない現実もあってか、特に夏場以降は選手起用に一貫性がなくなった感は否めない。1度これで行くと決めた方針を簡単に変えてはいけない。負けて動くと余計に相手に弱く見られる。何より選手が戸惑う。

 ある意味、谷繁兼任監督の1年目は、理想を求めるあまりに厳し過ぎたんじゃないか。連合艦隊司令長官の山本五十六の有名な言葉がある。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」。生きるか死ぬかの戦争時代の話。そんな壮絶な時代でさえ、統率する指揮官には優しさも必要だったということだ。あの川上哲治さんも優しかったと聞く。今も昔も選手には優しく、認めてやることが必要なんです。もちろん勝負の世界は甘いもんじゃない。「kill

 or

 be

 killed」で、やるかやられるかしかない。でも厳しくやる中で、選手が見るところは見てくれているんだなと感じる“本当の厳しさ”の中に、プロの信頼関係が生まれるものなんです。

 ベテラン中心のチームを立て直すのは簡単ではない。5年はかかるかも知れないし、3年で成功したらいい方でしょう。今の首脳陣に求められるのは我慢と忍耐、そして軸がブレない一貫性だ。もちろん補強しないといけない部分もあるけど、他球団がうらやむいい素材はいっぱいいる。もっと愛情を押し出し、選手を信頼して。個性発揮に力を注ぐことが、順位を上げる方法の1つだろう。【取材・構成=松井清員】