6年前の名古屋場所は、野球賭博問題の混乱の最中に開催され、協会外からの杯や賞状の授与は辞退した。15度目の優勝を飾った白鵬は天皇賜杯を抱くことができず、涙した。だが、その夜「名古屋を盛り上げてくれてありがとう。感謝」と記した手紙とともに、特製トロフィーが贈られた。贈り主はトヨタ自動車の豊田章男社長(60)だった。

 そこから2人は懇意になった。昨年も名古屋の稽古場を訪ねていた同社長は、この日の朝、右足親指を負傷して精彩を欠く白鵬の激励にやって来た。モンゴル人初の五輪メダリストを父に持つ白鵬と、“世界のトヨタ”の御曹司として育った章男氏。生きる世界は違うが、互いに生まれながらに期待され、トップリーダーへ成長した。「私もつらいときはあった。(横綱と)同じ感覚がありますから」と同氏が言うように、2人しか分からない心通じる部分があるのだろう。

 横綱は「ありがたい」と感謝した。切り替えて臨んだ豪栄道戦に勝ち、今日14日目は稀勢の里戦。章男氏は「日本の国技のタスキをしっかりつなぐためにも、大きい壁であって欲しい」と言う。温かい激励は、手負いの白鵬にとって何よりの薬になる。【木村有三】