ドラマ「北の国から」などシナリオで知られる脚本家倉本聡さん(82)の最後の舞台となる「走る」が全国を巡演している。東京公演は2月2日から5日まで池袋サンシャイン劇場で行われ、チケットは早々に完売した。1日に公開稽古を見たが、倉本さんは直前で一部を書き直したという。

 1月15日に拠点のある北海道・富良野で幕を開けたが、東京公演を前に、ゴールシーンをもっと劇的にしたくなったという。公開稽古前日に脚本を手直しし、当日昼に稽古しただけで、夜の公開稽古となったが、急きょ付け加えたとは思えない、感動的な場面になっていた。

 「走る」はランナーたちがひたすら走る姿を通して、それぞれが抱える人生を描く人間ドラマ。手直ししたのは、いつ倒れるかという恐怖と戦いながら走るエイズ(後天性免疫不全症候群)感染者のランナーの場面。手直しでは、続々とゴールする中で、時折、救急車のサイレンが遠くで聞こえる。そして、1人のランナーが駆け込んでくるが、彼は両手に2足のシューズを掲げていた。途中まで伴走した感染者ランナーがゴールを前に倒れ、搬送されたことを暗示する。しかし、彼の完走したいという思いは、伴走者によってしっかりと受け継がれていた。

 倉本はこの舞台のために2年近く前から準備した。10年に閉塾した富良野塾出身者に加え、オーディションで広く出演者を募った。走り続けているように見える「その場走り」は普通に走るよりも体力を使うことから、昨年12月の本格稽古スタート前に、富良野組と東京のオーディション組に分かれ、徹底的に走ることにこだわった厳しい稽古、肉体訓練を1年近くかけて重ねた。しかし、本格稽古では疲労骨折などで3人の脱落者が出るほどに過酷だった。倉本さんは言う。「君たちは立派に走ったのだ。真剣に走ったから脱落したのだ。君はまだまだこれから走れるのだ」。

 こんなに走る姿が美しい舞台を見たことがない。そのフォーメーションも整然として、走る姿を見ているだけでも飽きることはない。本番では出演者以外に、昭和という時代を走った多くのサラリーマン戦士の象徴として、一般公募した会社員ら一般男性50人前後が毎回、スーツ姿で走る場面もある。倉本さんは「僕自身、ひたすらがむしゃらに走り通してきた。どうしてこんなに苦しみつつ走ったのか、その正体が、思えば分からない。だが、全力で走り続けることが、自分の美学だと思って来たことは事実だ」。

 東京公演後、いわき、大阪、京都、米子など巡演し、千秋楽は3月7日の富良野公演となる。今後もドラマなどのシナリオは書き続けるが、今回の舞台を最後に舞台活動から引退する。倉本さんに「あんまり、最後の舞台って、言わないでよ」とくぎを刺されているが、あえて言いたい。倉本聡の最後の舞台を見逃すな、と。【林尚之】