首相官邸には、そのときどき話題になっている「旬の人」が、表敬訪問してくる。それが「時の人」であればあるほど、ときにピリピリした緊張感も漂い、「政権の中枢」と呼ばれる館も、いつもとは違った華やかな空気に包まれる。

 最近では先月21日、ラグビーW杯イングランド大会で、史上初の3勝をあげた日本代表のリーチ・マイケル主将、フッカー堀江翔太、FB五郎丸歩の3人が、W杯躍進の報告に、安倍晋三首相のもとにやって来た。よく表敬ゲストとの面会に使われる部屋より、広い応接室が用意された。馳浩文科相に遠藤利明五輪相に加え、かつて日本ラグビー協会会長を務めた森喜朗元首相も、同席。取材に来た記者やその場にいた職員の数も、通常より、確実に多かったと思う。

 首相と3人が、バックスの展開のように、ラグビーボールをパスしあうセレモニーも行われた。あの五郎丸を前に、首相が「ルーティーン」のポーズに、触れないわけが、ない。「私も精神統一をしないといけないから」と、見よう見まねで手の指を合わせる首相に、正しいルーティンの形をレクチャーする五郎丸の表情が、印象的だった。

 ラグビー界のスターを前に、浮き足だったような空気が流れる中で、あの淡々とした、落ち着いた表情で、手ほどきをしていた。W杯の試合中、キックを蹴る前に何度も見せた、冷静なルーティーンの「作業」は、一国の首相の前でも変わらなかった。

 今回のようなスポーツ選手の報告などは別として、官邸を表敬するゲストの顔ぶれには、首相自身のキャラクターが反映されることも多いのではないか。映画や芸術に造詣が深かった小泉純一郎元首相の時代には、トム・ハンクスやトム・クルーズら、ハリウッドの最前線で活躍する俳優が訪れた。雰囲気が小泉氏と「似ている」といわれたリチャード・ギアの訪問の際は、日本映画「Shall we dance?」のリメーク版に出演したこともあり、首相と2人で手を取ってダンスを踊るひと幕も。高い内閣支持率を誇った小泉氏の、「余裕」の現れのようにも感じた。

 小泉氏と比べれば、安倍首相のゲストは「実務的」な顔ぶれのようにも感じるが、昨年10月には、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が訪問するなど、世界的な著名人も。13年5月に国民栄誉賞を授与された長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督と松井秀喜氏が、公邸を訪れ、首相を食事をともにしたこともあった。

 対照的に、混乱が多かった民主党政権3年間には、いわゆる「スター」の表敬は、少なかったように感じる。菅直人氏が首相のころ、サッカー女子W杯で初の世界一を獲得したなでしこジャパンのメンバーが、国民栄誉賞の受賞のために官邸を訪れたが、久しぶりに華やかな顔ぶれを見たなあと当時、感じたものだ。

 官邸のゲストの顔ぶれは、時の政権の「勢い」も表しているのかもしれない。