とどろく爆音。時速150キロの風に激しくはためくレーシングウエア。他車とスレスレの距離で競り合いながら駆け抜けるコーナリングのスピードは時速90キロを超える。浜松オートの谷口武彦(75)はこの世界で50年以上プロレーサーとして走り続けている。

 高齢運転者は動体視力が落ち、反応時間が長くなる。そんな常識から、最も遠い存在であろう谷口を訪ねた。子どものころから乗り物好きでヤマハ発動機のバイク工場に就職。オートレーサーだった兄を追い掛けて24歳でデビューした。「大好きなオートバイで50年。一番良い商売をさせてもらいましたよ」と笑う。

 73歳280日で迎えた15年9月4日に、公営競技最年長勝利記録を更新した鉄人。レースで年齢を感じることはあるのだろうか。

 「コーナーの突っ込みがね。もっと突っ込まにゃいけんのに年々(アクセルの)締めが早くなってきた」

 加齢による運転能力の低下は、レーサーだからこそひしひしと感じている。

 運転免許は「けん引以外、全部持っている」という。愛車は“てんとう虫”の愛称で知られた「スバル360」。オートマ車にも乗っている。高齢者の事故について聞いた。「なんで踏み間違えるのかねぇ」。しばらく考えて言った。

 「乗り物には人の力をはるかに超えた力がある。自分も大好きだし、便利だし、長年運転してると忘れちゃうけど、常に危険なものだということを頭の中に置いておかないと」

 事故予防のアドバイスを求めた。レース用オートバイにはブレーキがないが、公道の車の運転では「できるだけ長くブレーキの上に足を置いている」という。発進する時、バックする時、横断歩道の手前、狭い道などでは、常に右足をブレーキの上に乗せ、いつでも踏めるようにする。アクセルを開けている時間が長いほどタイムが縮まるレースとは真逆の発想だ。

 一般道では「100歳まで乗る」(笑い)つもりだ。一方で「事故起こしちゃいかんで、動体視力が落ちてきたら、免許の返納も考えます」と話した。

 17日に、来月末の引退が決まった。昨年6月の落車による骨折も響いた。来月4~7日の浜松オートが、レーサーとしてのラストランとなる。【清水優】

 ◆谷口武彦(たにぐち・たけひこ)1941年(昭16)11月28日、浜松市生まれ。ヤマハ発動機のバイク工場勤務を経て66年5月27日にオートレーサー登録。浜松オート所属。通算627勝。15年9月4日、浜松オートで73歳280日の公営競技最年長勝利記録を更新。身長158・9センチ、体重61・5キロ。座右の銘は「無事之名馬」。趣味は旅行。