4季連続甲子園を狙っていた盛岡大付が一関学院に3-4で敗れ、来春のセンバツ出場が絶望となった。16年春の県大会3位決定戦に勝利して以来、継続していた県内公式戦(地区大会含む)の連勝が30でストップ。先発したエース左腕松本跳馬(2年)が2被弾を含む11安打4失点と粘りきれなかった。

 ぼうぜんと相手の校歌を聞くしかなかった。約1年半も県内で無敗を誇っていた盛岡大付が力負けした。新エースの松本が2被弾に沈み、自慢の強打は鳴りをひそめた。関口清治監督(40)は肩を落とした。

 「いつかはこの日が来るとは思っていたが…。東北大会には出たかった。投手も打者も力がない。どっちも力をつけないと」

 今夏の甲子園8強を経験した2年生は、松本と主将の伊藤大智捕手だけ。その松本が踏ん張りきれなかった。2回までに2点の援護をもらいながら、6、7回に連続で本塁打を浴びた。生命線の外角チェンジアップを見切られ、勝負球の直球が真ん中に入った。「練習試合でも2発浴びたのは記憶がない。強気に内角へ投げ込めなかった」と下を向いた。 打線も迫力を欠いた。2点を奪った3回以降は、変化球中心に切り替えた相手の配球に対応できず、8安打に終わった。1点差に追い付いた直後の9回1死二塁には、代打の佐々木大勢(2年)が簡単に初球に手を出し遊飛。関口監督は「あんなことをやっては駄目」と苦渋の表情を浮かべ、「今の3年生は変化球にバットが止まっていたが…」と引退した先輩たちの残像を脳裏に浮かべた。

 松本の世代は、入学してから3季連続で甲子園に出場し、1度も逃すことなく新チームを迎えていた。関口監督は「甲子園に出続けて、あと1点を取るというような執念が今のチームには足りなかった」と分析。松本は「最後の夏は絶対に甲子園へ戻る」と奮起を誓った。【高橋洋平】