日本モーターボート競走会の蔭山会長勇退
蔭山幸夫会長(79)が辞意を表明したことを18日、日本モーターボート競走会が発表した。同競走会は、昨年4月に全国モーターボート競走会連合会と各地の競走会を一元化して発足したばかりで、同会長は初代会長就任後、1年で勇退することになった。
同会長は00年に全モ連の会長に就任後、3連勝式舟券の導入やナイターレース開催、各地の場外発売場・ボートピアの開設推進など、精力的に施策を実行し、競艇界をリードしてきた。近年では引退した植木通彦氏を理事に迎えて、実戦的選手育成や競艇場の現場指導にも力を注いでいた。今回の勇退については、競走会の新体制が1年を過ぎ、軌道に乗ったことで、後進に委ねることになったもの。3月に予定されている競走会年度表彰式、SG第44回総理大臣杯の優勝者表彰などの公務終了後に勇退となる。後任は未定で、3月中に臨時理事会を開いて決定されるとみられる。
◆蔭山幸夫(かげやま・ゆきお)1929年(昭和4年)兵庫県生まれ。56年に大阪府モーターボート競走会理事に就任後、専務理事、副会長を経て95年に会長。96年に全国モーターボート競走会連合会副会長、00年に同会長に就任。07年11月には、日本モーターボート競走会の初代会長に就き、連合会と各地競走会との一元化を行った。
▽蔭山幸夫会長 「お客さまあっての競艇」を基本理念として数々の改革に努力してまいりました。中でも関係者の理解、協力を得て、18競走会と連合会の一元化が、昨年の4月に無事日の目を見ることができました。そして、ほぼ1年を経過し、来年度の事業計画や収支予算の見通し、将来への方向性も立ったことから、若い世代の人たちへバトンタッチをすることといたしました。
▽野中和夫選手会長 ファンに愛される会長でした。我々、選手会にも非常に好意的であり、競走会、選手会が手を携えて競艇界を支えることができたと思います。まだ、任期は1年残っていますが、蔭山会長は「やることはやった」の自負のもとでの勇退だと思います。
[2009年2月19日19時34分 紙面から]
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