8日夕刻、成田空港第2ターミナル。W杯予選2試合に向け、シンガポールへ出発する選手たちが、搭乗スポットへ向けて列をなしていた。その中から「お疲れさまです! あれ、今回は来ないんですか?」と声をかけられた。担当する浦和所属のDF、槙野智章(28)だった。

 それぞれにオーラがある国内組11選手の中でも、特に異彩を放っていた。革靴には、ステッチの代わりにファスナー状の金具があしらってあった。無粋な記者にも、デザイン性の高さ、高級感は印象的だった。

 そして革靴を引き立てるように、スーツのスラックスは周囲よりも短く、流行のくるぶし丈に裾上げされていた。

 6時間のフライト直前。しかし整髪料がしっかりきいた横分けヘアには、寸分の乱れもない。「おしゃれ番長ですから。言ってくれるの待てないから、自分で言っちゃいますけど」といたずらっぽく笑った。

 かつて写真部時代に取材した巨人の阿部慎之助捕手が、夕食の席で若手選手に「東京ドームに来る時には、借りてでもベンツに乗ってこい」と説いていたことを思い出した。

 巨人の選手も、サッカー日本代表の選手も、業界の「夢」を体現する存在だ。競技場の外であっても、ファンの目につくところでは「やはり一流選手は違う」と思わせる身なりをしなければならない。

 世代や競技が違っても、一流選手は一流選手の使命を、それぞれ自然とこなしている。

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 しかし、槙野の「一流」はそれだけではない。「オレのアンクル丈はオシャレとしても、これはないですよね」と指し示したのは、隣を歩いていたGK林彰洋(28)のジャケット。あきらかに袖が短い。

 下に着たシャツの袖が、20センチほども出てしまっていた。恥ずかしそうにする林を横目に、槙野は「これだけリーチがあるってことですよ。ってことは…、ね」と目配せした。

 服飾ブランドが、195センチの長身から想定したサイズよりも、はるかに両腕が長い。となれば、単純に考えて、守備範囲は相当広くなる。

 ハリルジャパンに初招集された新戦力の長所を示す好エピソードだ。本人に代わってさりげなく明かすと、槙野は笑顔で手を振って搭乗機に向かっていった。

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 槙野というアスリートを端的に表現しろと言われたら、私は悩む。あげくに「1日が30時間ある男」と言うかもしれない。

 シーズン中も都内で、ファッションブランドのトークショーなどに出演する。タレントや他競技の選手との会食の様子が、ツイッターなどでアップされる。そうしたことから槙野は「本業にフォーカスしていないのでは」との誤解を受けることが多い。

 決してそうではない。誰よりも本業のサッカーに力をそそいだ上で、それでも心身のエネルギーがありあまるのが、槙野というアスリートだ。

 普段の練習から、とにかく全力でプレーする。実戦形式中心の浦和の練習でも、槙野とFW陣の球際の攻防は、特に目を引く。

 バチバチと火花が散りそうな勢いで、激しく身体をぶつける。肩や腰を相手の懐にねじ込み、泥くさくボールを奪う。「ケガをしたら」。「ケガをさせたら」。そんなためらいは、まったく感じられない。

 練習冒頭から、そうしてフルスロットルで身体を張るために、準備もおこたらない。槙野は誰よりも早く、開始2時間前にはクラブハウスに現れる。そしてストレッチをする。軽めの筋トレをする。入念に身体をあたためて、試合さながらの「闘争」に備えるのだ。

 練習後も、居残りで身体をいじめる。チューブを使って負荷をかける走り込みなどを、何度も繰り返す。それでいて、ピッチを離れた直後には、誰よりも時間をかけて報道陣の取材に応じる。疲れた表情など、みじんも見せない。

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 そうやって日々の練習に全力を傾けつつ、春先からリーグ戦、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を掛け持ちで戦い、さらに日本代表でもプレーしてきた。

 今季の槙野は、国内でも最もオフが少ない部類の選手だ。しかし、その貴重な休日すら、会いたい相手、語り合いたい相手がいれば、簡単に“返上”する。

 7月の練習オフ日。槙野は帰国中の香川とともに、アディダス社のPRイベントに出演した。両国国技館、渋谷、皇居周辺と場所を変えながら、催し物は午後8時過ぎまで続いた。記者でさえ、翌日クラブで予定されている、午前、午後2部構成のハードな練習への影響が気になった。

 しかし翌日の練習終了後、槙野に聞いて驚いた。イベント終了後、家路を急いだのかと思いきや、都内で香川と会食に出かけたという。「長い1日になっちゃいましたけど、めったにない機会ですからね」と事もなげに言った。

 10月には、親交のあるボクシング井岡一翔を応援するべく、大阪で行われた世界戦にも足を運んだ。「槙野ヘア」で戦った井岡は、見事にWBA世界フライ級のベルトを防衛した。

 香川も今季、開幕から槙野ヘアでプレーした。そしてここまで公式戦19試合で7得点、7アシストを記録している。

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 そして、槙野と一流選手のエピソードをもう1つ。10月10日、テヘラン市内の競技場。親善試合イラン戦に向け、日本代表は軽めの調整を行っていた。この日は選手によってメニューが違い、練習時間の長さも違ったため、ホテルからの行き来はワゴン車数台に分かれての移動だった。

 練習を終え、競技場の外に現れた1人の選手に、イラン人が殺到した。「ホンダ、ホンダ」。ACミランFW本田の知名度は、中東でも並外れて高かった。

 そんな本田は、ファンサービスをそつなくこなしながら、何度も繰り返していた。「槙野は? 槙野はどのクルマに乗っとるんや?」。そしてスタッフが指し示した乗用車に、いそいそと乗り込んでいった。

 ホテルで。空港で。この遠征中、本田は常に槙野と行動を共にしていた。移動のバスの中では、槙野が鳴らす最新のヒット曲を、カラオケのように2人で熱唱する姿も確認されている。

 数日後。槙野のツイッターには、トレードマークのサングラスを槙野にかけさせ、自分もおどけた表情をする本田の姿がアップされた。言うまでもなく、普段のクールさとはかけ離れた、珍しいショットだった。

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 槙野は振り返る。「中東遠征はとても濃い時間でした。圭佑選手と時間をかけて、とても深い話ができた。いろいろな方法でサッカー界を盛り上げたいという話でも熱くなりました」。その1つの形が、ツイッターでの写真アップだった。

 担当記者も。周囲の選手も。代表のメディカルスタッフも。本田圭佑を知るものは「彼はプロ中のプロ」という意見で一致する。真摯(しんし)にサッカーに取り組む。ストイックに自分の心技体を磨く。だからこそ、周囲にも同じような姿勢を求める。

 その本田が選んだ、心からうち解け、サッカーの現在と未来を語り合う相手。それが槙野だった。

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 誰よりも真剣に、競技と向き合う。その上で一流の才能との邂逅(かいこう)を求め、時を選ばず、どこへでも足を運ぶ。そして見識を広め、考えを深める。身なりにも徹底してこだわる。林のエピソードを提供したように、周囲を立てる気配りも欠かさない。

 槙野の生き方を見ていると、1日が24時間では足りないと思う。そして記者のこちらまでが「もっと自分も動かないと」と焦燥感のような刺激を受ける。一流のアスリート同士ならば、なおさらかもしれない。

 かつて日本代表DFの中沢佑二が言っていた。「サッカーの練習は1日2時間。22時間も自由になるからかえって難しい」。その意味で言えば、22時間の使い方について、槙野ほど貪欲な選手は少ないだろう。自室にこもり、惰性でゲームにふける選手などとは、人生の密度が違う。

 本田が交流を求める。香川が、井岡がスタイルをまねる。それは槙野の生き方が、一流だからだと思う。

 派手なガッツポーズ。華やかな人間関係。そして時代の先端をいくこだわりのファッション。成田空港で感じたように、彼の周囲はいつも彩りに満ちている。しかし、私が最もまぶしいと感じるのは、槙野という人間の内部からあふれる、無尽蔵のバイタリティーだ。【塩畑大輔】


 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代に「舞浜河探検隊」の一員としてドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。