オレが、日本を背負ってみせる。サッカー日本代表MF本田圭佑(24=CSKAモスクワ)が8日、「10番の後継者」に名乗りを上げた。グアテマラ戦から一夜明けたこの日、所属クラブに戻るためモスクワへ出発。新戦力を加え、14年W杯ブラジル大会へ順調なスタートを切った新生代表に手応えを感じ、MF中村俊輔(32=横浜)の代表引退で空いたエースナンバーを引き継ぐ覚悟を決めた。ロシアリーグで攻撃力に磨きをかけ、10月に本格始動するザッケローニジャパンをけん引するつもりだ。

 4年後の世界舞台へ、進むべき道が見えた気がした。代表チームが解散した関西から成田空港を経由してロシアへ旅立つまでの間、本田の脳裏には、新生日本代表での戦いのイメージがあふれかえった。「特徴のある選手が入ってきて、いい方向に行った2試合だった。今まであまりなかったことだし、新鮮だった」と振り返った。

 08年北京五輪の同世代が軸となり、理想に掲げる攻撃的なサッカーで結果を出した。確かな自信と手応えが、日本の「顔」になる覚悟を後押しする。代表を引退した中村俊が長らく背負った「10番」の継承だ。本田は「最近は18番が見慣れたと言われるけれど、何番か選んでいいのなら、10番を選ぶ。高校時代やフェンロ(VVV)のときもつけていたから」と思いを明かした。

 実は今回の代表合宿の初日、日本協会側から「10番をつけたらどうか」と打診を受けていた。だが、そのときは「僕には荷が重い」と断った。チームがベスト4の目標を掲げ、自らは優勝を誓った南アで、16強にとどまった日本。チームが、そして自分自身が次のステップへ向けて何をするべきか分からない状態で、安易に引き継ぐわけにはいかなかった。

 本田は「10番をつけるというのは、プレーだけではない何かが絡んでくる」という。南ア大会での中村俊の立ち居振る舞いに「エースの責任」を感じていた。出番のない悔しさを胸の内にとどめ、ベンチから試合を分析。ハーフタイムに必ず「相手のここを突いたら」と個人的にアドバイスをもらった。宿舎の食事会場でも、中村俊の方から隣の席に来てくれた。「FKの名手」の座とともに、10番を背負った男から引き継がなければならないものがある。

 19日にはシビル・ノボシビルスク戦を控える。寒暖の差が激しい日-ロを往復する過密日程にも「今後はこういうことが増えますからね」と意に介さない。本職のトップ下で出場した代表戦とは異なり、クラブではボランチでの起用が多い。それでも、「どこのポジションでも攻撃的にやるスタイルは変わらない。苦しい壁も必要でしょう。今が、耐えどき。オランダでは全権を任せてもらえていたし、(CSKAを)オレの戦術に変えるには、まだ時間がかかる」。真のエースとなるために、孤独な戦地へ飛び立った。【山下健二郎】