4日。さいたま市大原サッカー場には、真夏のような日差しが降り注いでいた。浦和GK大谷幸輝(27)は、まぶしそうに目を細めながら、真っ先に全体練習のピッチに出てきた。

 FW興梠、MF駒井とともに、ウオームアップ開始までの間、リフティングゲームに興ずる。

 相手にボールを送る際「1」か「2」とコールをする。受ける方はその数に合わせ、1タッチか2タッチで、またコールをしながらボールを次に送る。

 相手の守備範囲の中で、コントロールしにくい高さを狙う。そんな駆け引きを、チーム屈指の技巧派2人と繰り広げる。

 足元の技術。判断の速さ。何げない遊びの中で、見る者に印象づける。「11人目のフィールド選手」と評されるGK西川と同じ資質を確かに備えている。

 そんな大谷には、大仕事が待っている。今日5日、ルヴァン杯準決勝東京戦。日本代表として、W杯アジア最終予選に出場するため不在の西川に代わり、先発を任される。

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 フィールド選手と違い、GKは出場機会の確保が非常に難しい。先発選手にケガでもなければ、途中交代はまずない。兼任できるポジションもない。

 08年に浦和の下部組織から昇格し、プロ入りした大谷だが、そこから6年間公式戦の出場機会が一度もなかった。

 都築、山岸、加藤、西川。常に日本代表クラスがそろうGK陣にあって、大谷は練習試合への出場すらままならない時期もあった。

 14年、初の期限付き移籍で、J2北九州に活躍の場を求めた。リーグ戦全試合で先発出場し、クラブ史上最高の5位に導いた。

 それでも浦和に戻れば、日本代表の正守護神、西川がいる。昨季、今季とカップ戦の出場はある。ただJ1出場試合数は、現在まで「0」のままだ。

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 「でもね、あいつは本当にいいGKなんですよ」。

 そう話すのは、土田GKコーチだ。前述した都築、山岸、加藤らを育て上げてきた。

 14年の移籍加入時、すでに日本代表だった西川も「土田さんに教わるようになって、自分は基本的な部分ができていなかったと気づかされた」と話す。

 土田コーチの指導で守備の安定感が格段に増し、日本代表で先発に定着するまでに成長した。

 数々の優良GKを育ててきた、名伯楽は断言する。「幸輝は他のクラブにいけば、どこでも先発で出られる実力があると思います。試合に出続ければ、日本代表に呼ばれるかもしれない。それだけのものをあいつは持っている」。

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 大谷は土田門下の中でも、特に指導を仰いできた年数が長い。

 15歳で熊本を出て、浦和ユースに加入。遠方から選手を招くのは、クラブにとって初の試みだった。

 それだけ期待されていた。高校1年にしてトップチームに登録され、練習に参加。そこから土田コーチの指導を受け続けてきた。

 西川が言う通り、土田コーチの指導は基礎的な部分を重視する。

 シュートを打たれる瞬間、どんな方向にも手足が動くような、理想的な構えを取れるか。そういった「正しい準備」を徹底させる。

 大谷はユース加入直後、寮から片道10キロ以上の埼玉栄高まで、自転車で通学していた。足腰を鍛えるため「雨の日も風の日も」と決めた。ただ大きな身体を収める雨ガッパが、どうしても見つからなかった。

 チームスタッフがさいたま市内を駆け回り、ようやく特注クラスの1着を見つけた。学生時代から、それほどに体格に恵まれていた。「正しい準備」を突き詰めなくとも、同世代の中なら実力は抜きんでていた。

 多くの選手なら、基礎をおろそかにしてしまうところだ。しかし大谷は、早々に土田コーチに出会うことができた。

 今でも「GKに大事なことは何か」と問えば「正しい準備をすることと、できることを確実にやること」と即答する。

 西川よりも恵まれた体格に、きちんとした基礎技術、そして哲学がたたき込まれている。大谷はそんな希有(けう)な例なのだ。

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 もうひとり、大谷の実力を認める男がいる。チームの司令塔、MF柏木だ。

 「ホンマええGK。幸輝がいてくれへんかったら、うちのチームは成長でけへんかったと思う」

 浦和は11対11のハーフコートゲームを、練習の根幹にしている。

 ワンタッチパスの連続で相手守備網を切り裂く、スピーディーで美しい攻撃。

 攻守の早い切り替えから、敵陣に相手を押し込めたままボール奪取を繰り返す「ミシャプレス」。

 そうした浦和の代名詞的な戦術は、すべてこのメニューで培われている。

 実力差が少ない2チームを組み、すね当てまで常備させて、実戦さながらの緊張感でプレーさせる。そうやって、戦術浸透の効果を最大限に上げている。

 浦和が決定的に他のクラブと違うのは、西川と違うチームにも、GKに大谷が入ることだ。

 安定したセーブ力。足元の技術。視野の広さ。どれをとっても西川に迫る力を持つ大谷がいるからこそ、両チームの均衡が取れる。柏木は言う。

 「特にうちのやり方は、最終ラインのパス回しにGKが入るからね。だからGKは大事。ええ練習ができるのも、幸輝のおかげ。タイトル取るためには、あいつは欠かせない存在よ」

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 欠かせない存在。浦和の選手、スタッフはみな、大谷を認めている。

 だからこそみな「本当は、幸輝はいつも試合に出られるような環境を求めるべきなのかもしれない」と親身に悩む。

 1発のビッグセーブよりも、確実性を重視するスタイル。長い期間起用され続けてこそ、真価が数字や結果に表れるタイプだと、周囲もみる。

 それでも、大谷は「僕は結局、チームのために戦うというのが好きなんですよ」と明るく笑う。

 「気持ちの波がないわけではないです。出られないことが本当に辛かった時期もあります。でも今は、土田さんのもとで本当にいい練習ができていて、毎日ちゃんと手応えがある。成長できているという確信が持てている。そして今回のように、手応え、確信を実戦の中で試すチャンスもめぐってきます」

 東京戦では西川だけでなく、柏木、DF槙野も日本代表で活動中のため不在になる。大谷は「でも特に、GKの穴が大きいと見られているんじゃないかなと思います」と苦笑いする。

 「だからこそ、とにかく勝ちたいですね。できれば自分が目立たない形で」。

 最後方から的確な指示を送り、守備をうまく回せば、大谷のセーブ機会は減る。たとえシュートを打たれても、適切なポジショニング、構えなど「正しい準備」ができていれば、ビッグセーブの必要もなくなる。

 「大谷がいる」ということよりも「西川がいない」と思わせない。それこそが大谷が描く理想の試合運びだ。それは何よりもはっきりと、大谷の実力を示すことになる。【塩畑大輔】