10月30日、さいたま市大原サッカー場。浦和が練習するピッチの横には、選手たちのスパイクがずらりと並べられていた。
チームは前日の磐田戦で公式戦11連勝を飾り、最終節を待たずに第2ステージ優勝を決めていた。一夜明けの練習はランニング中心の軽めのメニュー。スパイクを履く必要はない。
ピッチサイドでの天日干しは、優勝に貢献した「相棒」たちに訪れた、束の間の休息だ。秋のやわらかな日差しに、色とりどりのスパイクが映えていた。
何となく写真を撮っていると、あることに気づいた。ある選手のスパイクだけが、3足も干されている。
「あれ、確かにオレだけですね」。笑顔で応じたのは、ランニングを終えた浦和GK西川周作(30)だった。
他のほとんどの選手は、磐田戦で使った1足のみを干していた。西川は「オレも昨日使ったスパイクですよ」とうなずく。
見た目にはまったく同じモデル。実際、ほとんど同じものだという。なぜ3足もあるのか。
「オレは必ずハーフタイムで履き替えるので、これとこれは前半用と後半用。で、もう1足は試合前のウオームアップ用です」。
皮でできた甲の部分は、履いている間にわずかに伸びてくる。そのため、フィット感を好む西川は、ウオームアップを終えただけでもスパイクを替える。
フィールド選手でも、ここまで繊細な感覚を持つ選手は多くはない。普通のGKなら「何もそこまでしなくても」と思うところだ。
しかし、西川のプレーを見ていれば、そのこだわりにも納得する。高低。緩急。左右への曲がり。多彩な球筋を巧みに使い分け、パスで攻撃の起点になる。
居残り練習では、タッチラインを定規代わりに使い、キックを蹴り続ける。
ホップする弾道が、数十メートルもラインをなぞる様は壮観だ。さらにはラインから1メートル左に曲がるキック、3メートル右に曲がるキックなどと、曲がり幅まで微調整する。
今季の西川は、8月にGKとしてはリーグ史上初の2試合連続アシストを記録。年間最少失点(28)の鉄壁の守りに加え、攻撃面でも大きく貢献した。
三面六臂の大活躍の裏にはたゆまぬ努力と、スパイクを1日3足使うほどの細部へのこだわりがあった。
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日本代表でも定位置を得た、国内最高の守護神。そんな西川だが、シーズン当初には批判にさらされたことがあった。
3月6日、ホーム磐田戦の前半30分。西川はDF森脇からのバックパスを左足ヒールでさばき、圧力をかけてきた相手FWをいなそうとした。
しかしこのパスがわずかに短くなった。DF槙野に届かず、FWにさらわれ痛恨の失点を招いた。
これが響き、浦和は1-2で敗れた。多くのサポーターが、新シーズンへの期待を胸に集う、ホーム開幕戦。埼玉スタジアムのスタンドからは、怒りの声も上がった。
翌日。多くのメディアには、批判する内容の記事が躍っていた。日本代表合宿の会場で、練習開始を待ちながら、それらの記事をスマホで何となくチェックしていた。
すると画面に、LINEメッセージ着信の通知が出た。プロゴルファー石川遼からだった。
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「西川さんがゴール前で誰よりも冷静で、誰よりも足元の技術もあるからこそのミスだったと思うんです」。そう切り出されたメッセージは、1つの画面におさまらないほど、熱っぽくつづられていた。
「冷静だったからこそ、槙野さんがサポートに来ているのが見えていた。そもそも技術がない選手だったら、クリアするか、外に出すかですよね。森脇さんだって、西川さんの技術を信頼するからこそ、バックパスしたんだと思います。西川さんのああいうプレーは浦和の強み。めげずに続けてほしいと思います」
石川は今季からオンデマンド放送を契約し、どこにいても浦和の試合をチェックしていた。磐田戦が負けられない試合であったことも、十分に分かっている。それでも西川のプレーを支持し、思いのたけをメッセージに込めてきた。
高みを目指すアスリート同士だからこそ、共感するのだろう。メッセージを繰り返し読みながら、そう思った。
私がゴルフ担当をしていた当時、石川は調子が上がってきた時ほど、スイングに改造を施した。それが功を奏することばかりではない。直後の試合で負ければ「変えなければ勝てるのに」と批判にさらされた。
しかし、石川は自分を曲げなかった。「調子がいい時にやらないと、長い目でみて改造がプラスになっているのかどうか、分からないですよね」。説明する様は、自分に言い聞かせるようでもあった。
いずれ米ツアーで勝つ。そしてメジャーで勝つ。そのためには、目先の試合に全力を尽くしつつも、理想は貫かなければならない。
西川のプレー、そして批判を浴びる様に、ジレンマを持ち続けてきた自分が重なった。だからこそ、メッセージが熱を帯びたのではないか。
そんな記者の解釈も添えつつ、許可を得て石川のメッセージを本人に見せた。
西川はしばらく無言で、文面を読み返していた。やがて笑顔をみせた。「分かってくれてますね。ホントうれしいな」。
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その後も、西川にとっての試練は続いた。
最終ラインから細かくパスをつなぎ、機をみた縦パスを合図に攻撃を加速させるのが、浦和が最も得意とする攻撃パターンだ。
じわじわと相手を敵陣に押し込んでこそ、ボールを奪われた後に素早く攻守を切り替え、ボール再奪取で波状攻撃を繰り返す「ミシャ・プレス」の精度が増すという側面もある。
それだけに、相手も対策を考えるようになった。西川に苦杯をなめさせた磐田同様、浦和最終ラインに圧力をかけることで、攻撃の芽を摘みにかかってきた。
西川もプレスにさらされた。ミスすれば、また失点につながってしまう。リーグ中盤戦は、そんな怖さが付きまとう状況が続いた。
パスをつなげず、前線にシンプルに蹴り出す場面が増えた時期もあった。
周囲は「日本代表のハリルホジッチ監督から『GKはとにかくシンプルにプレーすればいいんだ』と厳命されたことも、浦和でのプレーを難しくしているようにみえる」と懸念もしていた。
それでもやがて、最終ラインとの連係で、うまく相手のプレスをかわせるようになった。そうなれば、相手は前線に選手をかけている分、プレス網の後方は手薄になっている。
そこは味方FWにとって、まさに草刈り場。9〜10月の公式戦1試合平均得点は約2・5点に達し、11試合連続勝利の最大の要因になった。
「めげずに続けた」勇気のパスが、終盤の快進撃につながった。シーズン最少失点だけでなく、チーム戦術に与えた影響も大きかったと考えれば、今季の西川はリーグMVPにふさわしい働きだったと思う。
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12月。クラブW杯では、鹿島が決勝に進出。C・ロナウドを擁するRマドリードを一時はリードし、世界一まであと1歩のところまで迫った。この快進撃は日本国内はもちろん、世界も驚かせた。
そのクラブW杯出場への最短距離にいたのは、年間勝ち点1位の浦和のはずだった。しかし、リーグチャンピオンシップ決勝でアウェーゴール差で敗れ、鹿島に出場権を譲っていた。
12月から担当になったプロ野球・西武の練習場では、浦和の選手と親交がある秋山が「鹿島とは年間勝ち点15差あったんですよね。プロ野球だと5ゲーム差ですか…」とつぶやいていた。
私は「プロ野球の方が4倍以上試合数があるから、20ゲーム差以上ある計算になる」と付け加えた。
秋山はしばし絶句し「1年間お疲れさまでしたとあいさつしたいのですが…。浦和のみなさんには、いつどうやって連絡したらよいものでしょうか」とため息をついた。
そんな議論も、その後の鹿島の誰も文句のつけようがない歴史的快挙で、すべて吹き飛ばされた。後年、2016年のサッカーを振り返る際に、浦和の健闘を持ち出すファンは多くないかもしれない。
それでも西川は「最後は結果ですから、仕方ないですよ。来年こそやりますから、必ず見ていてくださいね」と笑ってみせる。
最後方でパス交換に参加するスタイルは、見る者を魅了する攻撃サッカーを象徴するものとも言える。理想を貫き、結果にたどり着けるか。イバラの道は今後も続くが、西川は歩みを曲げずに進むことだろう。
スパイク3足のこだわり。練習の積み重ね。そしてミスを恐れぬ勇気。それらの帰結を、遠いプロ野球のグラウンドから、見守っていたいと思う。【塩畑大輔】