女子500メートルを走り終え、大歓声を浴びた小平は次組のスタートが近いことから静かにするように促す(撮影・河野匠)
女子500メートルを走り終え、大歓声を浴びた小平は次組のスタートが近いことから静かにするように促す(撮影・河野匠)

 スピードスケート女子500メートルの小平奈緒の金メダルから一夜明け、前日には気づかなかったレース後の映像に目を奪われた。五輪記録に金メダルを確信して沸き立つスタンドに向かって、小平が人差し指を口に当てるポーズで、「静粛に」と無言で呼び掛けていたからだ。直後のレースで滑る最大のライバル、李相花(韓国)へのさりげない気遣いだった。

 想像を絶する重圧に打ち勝ち、会心の滑りで最速タイムをたたき出した。心の中の金色はいよいよ輝きを増し、抑え切れないほど高揚していたはずだ。そんな中で、彼女は地元の期待を一身に背負ってスタートラインに立つライバルのことをおもんばかったのだ。「これがスポーツなんだよ」。子どもたちにそう語り継ぎたくなるような美しいシーンだった。

 今季W杯無敗の小平と、3連覇を狙う李。開幕前から一騎打ちがクローズアップされた。しかし、2人の理解と友情は勝負を超えたところにあったのだろう。どれくらい辛い練習に耐え、計り知れない重圧に立ち向かい、どれほど我慢してきたか。それを誰よりも知っているのは、親でもコーチでもなく、世界の頂点を争ってきたライバルなのだ。

 金メダルが決まると、小平は真っ先に泣きじゃくる李のもとに寄り添った。そして、「今でも私はあなたを尊敬しているよ」。耳元にそう声をかけたという。この場面にふさわしい、何と美しい言葉だろう。敗北も挫折も知り尽くした者だけが持つ優しさと敬意に満ちていた。

 韓国では政治の対立を超えた日韓の友情と報じられた。しかし、このシーンは国籍や政治も関係のない、尊いスポーツの姿なのだ。64年東京五輪の柔道無差別級決勝で、神永昭夫をけさ固めで下したアントン・ヘーシンク(オランダ)が、歓喜のあまり畳に上がろうとした同僚たちを手で制した、あのシーンとともに、この日の光景は私のオリンピックの記憶に、永遠に刻まれた。【首藤正徳】

優勝した小平(右)は2位の李相花と健闘をたたえ合い抱き合う(撮影・河野匠)
優勝した小平(右)は2位の李相花と健闘をたたえ合い抱き合う(撮影・河野匠)