<W杯スキー:ジャンプ>◇男子個人第15戦◇札幌市大倉山(HS134メートル、K点120メートル)

 笑うに笑えない“珍プレー”を日本のエースが演じてしまった。2位の好位置で迎えた2回目の試技で、伊東大貴(27=雪印メグミルク)がスタートゲートで、体を支える手を滑らせ、転倒したまま助走路をカンテ(踏み切り台)まで約80メートル滑落。ジャンプ台から落下寸前で止まったが、失格扱いとなり30位に終わった。幸い大事には至らず、今後への影響はなさそう。とんだハプニングを今後の力に変え、メダルが期待される来年2月のソチ五輪に羽ばたく。

 その時、場内のファンから悲鳴が上がった。気温マイナス3度の冷気が、さらに凍りつく。あちこちから上がる「えっ!」「あっ!」「おいっ!」の言葉にならない声。見上げる先に、助走路をはいつくばり、必死に両手でブレーキをかけようとする伊東の姿。ありえないシーンだった。

 1回目130・5メートルで2位につけ、今季初の表彰台はもちろん、逆転での通算5勝目を視界に入れた2回目。通常、スタート時、ヘルメットやビンディングのチェックなど数秒間でルーティンを行う。シグナルが青になるのを待って、後ろに回した両手をスタートゲートにつけて支え、弾みをつけて助走路に飛び出す。

 ハプニングは、まだ信号が黄色(待機)の、その時に起きた。右手が滑り、元に戻そうと踏ん張ったが、今度は左手も流れる。左のスキーが完全に開き、雪に乗ったときは既に脚は宙に浮き体は横向き。回転しながら何とか両手でブレーキをかけようと必死でもがく伊東。そのままカンテから落下寸前のところで、関係者に押さえられて止まった。

 起き上がり、再スタートのため脇にある階段に向かった伊東。歩けるほどの姿に、凍り付いた場内から、安堵(あんど)のため息がもれた。日本チームも再スタートを申し入れ。だが国際スキー連盟(FIS)は、シグナルが黄色(待機)の時にスタートしたと判断。再スタートは認められず、この回の試技は「失格」となった。

 W杯ジャンプに携わって20年という、FISのホファー・レースディレクターも「私が見たのは2例目」という珍事だ。初心者なら、あり得る光景かもしれないが、五輪経験者でメダル候補とされるエースの、うっかりミス。前日の今季初W杯ポイント獲得にも反省の弁を繰り返し、浮かれることなく完璧を求めるのが伊東の性格。本人に非はあっても、責められないミスではあった。

 治療のため取材には応じられないという本人の意向をくみ、日本スキー連盟チーフコーチで、所属する雪印メグミルクの斉藤浩哉監督(42)が報道対応した。擦り傷で左膝から出血し、打撲もあるが「残念ですがケガも大事には至らずホッとしています。本人は“すいません、すいません”と言っていました。今後、このことには触れてほしくないんですが」と、かばうように説明した。故障のため今季W杯参戦は昨年末からと出遅れたが、前日の6位に続き、この日の1回目も復調の明るい兆しを見せた。大一番の1年前に、悪い夢を見たと思えばいい。雪辱のチャンスは存分に残されている。【渡辺佳彦】

 ◆伊東大貴(いとう・だいき)1985年(昭60)12月27日、北海道下川町生まれ。8歳でジャンプを始める。下川商1年時の02年3月ファルン大会(スウェーデン)で、W杯デビュー。土屋ホームを経て09年雪印メグミルク入社。昨年1月の札幌大会でW杯初優勝。W杯通算は4勝で、総合は昨季4位。07、09年世界選手権で団体銅メダル獲得。06年トリノ(団体6位)、10年バンクーバー(ノーマルヒル15位、団体5位)の両五輪代表。173センチ、59キロ。

 ◆ジャンプのスタート

 スタートランプでテクニカルディレクター(TD)が指示を出す。ランプは赤、黄、青の順で表示は変わり、赤は「スタート禁止」、黄は「スタート待機」、青は「スタート」。青になって15秒以内にスタートしないと失格になる。気象条件などによるキャンセルや中断、再開は、TDとアシスタントTD、競技委員長、大会ディレクターとで合議して決定する。