夜になって練習に訪れたイチローはフリー打撃を行った(2003年1月23日撮影)
夜になって練習に訪れたイチローはフリー打撃を行った(2003年1月23日撮影)

広島緒方監督は5つ下の外野手、イチローの現役引退に際し「ファンの視点でしか見ていない。(45歳までプレーして)感謝しかない」と話した。99年のオールスターで、敵味方に分かれて戦った関係。96年の日米野球では左翼緒方、中堅イチローの布陣でスーパースター軍団を迎え撃っている。現役監督という立場で、同時代に生きた選手に「ファン」という言葉を使うには勇気がいる。それでもそう言い切るだけの存在ということなのだろう。

緒方監督の話を聞いて、私も記者の立場を忘れた過去を思い出した。オリックス担当だった03年、オフの楽しみはOBイチローの自主トレを見学することだった。帰国したイチローが夜な夜な古巣の室内練習場に現れるのだ。日付をまたぐこともあった練習は、芸術的だった。ランニング、キャッチボール、フリー打撃…。一挙手一投足がしなやかで美しく、おそろしく力強かった。原稿を書くのも忘れ、ただ、見とれた。

「今の、首くらい?」。ある日、イチローの問いかけが練習場に響いた。フリー打撃で鋭いライナーを打ち返した際の、投球の高さを確認する言葉だった。ベルトでもなく、脇でもなく、首の高さのクソボールを、難なく打ち返していたのだ。元プロの投手が本気で投げたボールだったから、それなりにスピードは出ていたはず。全盛期のイチローの“ストライクゾーン”の広さを知り、鳥肌が立った。そういえば、オリックス時代の00年5月13日ロッテ戦では、ワンバウンドを安打にしている。

イチローはやはり、不世出である。引退の時を迎え、改めてそう思い返す人は多いのではないだろうか。【広島担当 村野森】

広島緒方監督(2019年3月12日撮影)
広島緒方監督(2019年3月12日撮影)