寮内にマイク放送が響く。「有、起きて!先生呼んでるよ!」。エースはそれでも目覚めない。ウソみたいな実話だという。

カブス・ダルビッシュは5日(日本時間6日)、遠征先のミルウォーキーで自虐的に苦笑いした。東北高校の恩師、埼玉栄・若生正広監督(68)が前日に勇退を発表。思い出を振り返ってもらった時のことだ。「高校の時、自分はほぼ練習をしていなかったから」。エピソードの数々を聞くと、あらためて名将の人心掌握術に驚かされた。

右腕が入学前後、膝に成長痛を抱えていたのは有名な話。「キャプテンになるまでは全体練習にも出ていなかった」。朝いちから練習試合が始まる土日は昼まで布団にもぐり、生徒発の寮内放送で呼び出されたこともあったらしい。

そんなエースの潜在能力をなんとか発揮させようと、若生監督は締め付けではなく自主性を選択。いつしか2人の間には独特な信頼関係が築かれた。2年夏には甲子園準Vも経験。「明らかに体が弱かった自分をすごく理解して守ってくれた。だから自分は今ここにいる。感謝しています」。

3年時は主将も任された。ナインを厳しく叱った直後の恩師の姿も覚えている。「僕だけ監督の部屋に呼ばれて。すごい笑顔で『ああいうことも言わないといけないんだよ』と言われたり…」と回想。「怖さは作っている部分が結構あったと思う。根は優しい人なんじゃないかなと思います」。絆が深い教え子の言葉だから、説得力があった。【遊軍=佐井陽介】