胸の奥まで響く太鼓の音に、ラッパで奏でるメロディー。心躍らせるファンはメガホンを持って歓声を送り、スタンドへのホームランを待ちわびる。ただ…新型コロナウイルスの影響で、ファンがスタジアムに足を運べるまでもう少し時間がかかりそうだ。

その日のために、強くバットを握りしめる男がいる。「外野スタンドで応援してくれているファンに、ホームランボールをキャッチしてほしいんです! 思い切ったバッティングができるようにバンバン頑張ります!」。オリックス杉本裕太郎外野手(29)が、逆襲に燃えている。

チームは4月1日から自主練習となった。練習場所も、時間帯も限られた。25日から全体練習は再開されるが、この期間は自分との闘いだった。「ずっと(自宅で)座っていると姿勢が変わらない。体が固まって腰が痛くなったりしてはいけないので、筋膜リリースを心掛けていました。寝転がって、腰の下にボールなど硬いものを置いてグリグリ。トレーナーさんの治療も受けられない状況だったのでセルフケアですね。自分でほぐしていました」

この期間の外出は自粛。

公称190センチ、102キロ。座右の銘は「我が生涯に一片の悔いなし」。愛称“ラオウ”が、自宅でも奮闘していた。「(練習が)休みの日は料理してましたね。甘いモノが好きなので、パンケーキを作ったりです」。前夜のうちから調理方法を予習。完成目前には、リンゴを握りつぶせそうな大きな手で優しくホイップを飾った。

限られた練習時間に燃えた。開幕日が不透明だったため「形を気にせずに強く振る。キレを出す。出力を上げるために瞬発の(筋力)トレーニングをMAXパワーでやってました。シーズン中にはできないので、パワーアップに重点的を置いて取り組んできました」と、さらなる筋力向上にも着手。「理想は軽く振っても打球が飛ぶパワー。思い切り振らなくても、脱力した形で強い打球が飛ばせるのがいい。そのためには、フィジカルをもっと強くしないといけない」と自身を追い込んだ。

「先生」も自ら見つけた。「せっかくの機会なので、一緒に打撃練習をやらせてもらいました。時間帯も同じだったので」。メジャー通算282発を誇る新助っ人アダム・ジョーンズ外野手(34=ダイヤモンドバックス)に志願して打撃理論を教わり、新発見があった。「後ろのお尻を(ボールに)ぶつける感覚。そうすれば、両手と上半身は意識しなくてもくっついてくるからバットが出る」。NG打球も教わった。「引っ掛けたゴロ、ポップフライはダメ。いつも練習からライナーを打つイメージで。試合になれば相手も本気で投げてくる。投球が強くなる分(飛距離が伸びて)ホームランになりやすい」。素直にうなずいた。練習を終えるとジョーンズに「体が俺よりも大きい。そこが魅力だろ? だったら思い切って振った方がいい」と背中を押された。もう迷いなんてない。

フラフラになるまでの練習を終えて自宅へ。飛び交うニュースを目にするたびに、ふと思った。「野球ができることが当たり前じゃなくなった。野球ができるのは幸せなんだなと感じて、前向きにやるだけ。結果は考えず、思い切ってやりたい」。プロ5年目で通算13安打中、7本がアーチ。打席に立つたびに、スタンドを沸かせた。鍛え抜いた豪快なスイングで-。スタンドで待つ野球ファンに、ドデカイ夢を届けてみせる。【オリックス担当 真柴健】