氷点下の奥尻港は雪が降り積もっていた。2023年1月6日。午前8時15分発のフェリーに乗り込む。ヤクルトのドラフト4位坂本拓己投手(18=知内)は翌日の新人入寮に向けて、1日前に故郷を後にした。

最初の目的地は江差港。2時間20分の船旅だ。航行中、何をするわけでもなく、ただただ冬の日本海を船窓から眺めた。165勝を挙げた佐藤義則さん以来、奥尻島から46年ぶり2人目のプロ野球選手になる。覚悟を決め、故郷の風景を胸にしまった。

演歌歌手の北島三郎が生まれ育った町にある知内高校で野球に打ち込んだ。3年間お世話になった高校や寮にあいさつを済ませ、知内から北東へ約50キロ先の函館に再び移動。翌日の入寮に備え、宿を取った。

翌朝、函館空港で飛行機に乗り、母なる大地を離れた。不安よりも期待の方が上回っているのが自分でも分かった。上空から新生活が待ち遠しかった。

寮が立地する埼玉・戸田市に着くと「1月に外のグラウンドで野球が出来るなんて」と寒暖差に驚いた。「部屋にクーラーがついているのもびっくりした」。何もかもが新鮮だった。

島にいるときから好きだったサイクリング。自転車は持参できなかったがマウンテンバイクなどではなく、自分らしく「ママチャリ」を買おうと思っている。休みの日は寮の近所を走り、新生活の風を感じるつもりだ。

入寮時は多くの記者に囲まれた。島からのプロ野球選手という珍しさに「島の良さを紹介して」とお決まりの質問が飛ぶ。「奥尻のウニはどこにも負けないぐらいおいしい」「観光スポットは鍋釣岩。奥尻島に来た際はぜひ行ってもらいたい」。観光大使になったかのように約30時間前までいた故郷を宣伝した。

まるで映画のワンシーンのような人生の旅立ち。この1泊2日を坂本は一生忘れることはないだろう。【ヤクルト担当 三須一紀】