<ソフトバンク2-3オリックス>◇15日◇ペイペイドーム
ソフトバンクが首位オリックスに悔しい1点差負けで7連敗を喫した。
これで球宴を挟んでの首位ターンはなくなってしまったわけだが、目的はトップ折り返しではなく、トップでゴールテープを切ること。7月はオリックス、ロッテの上位2チームだけの対戦で残り10試合。今季のペナントの行方を大きく左右する10試合となるだけに、7連敗と言っても下を向いているわけにはいかない。
悔しい敗戦の中でも大きな1発が出たと思う。2点を追う7回に三森が山本から右翼席へ2号ソロを放った。9回には再び1点差に詰め寄るタイムリー。打撃不振に陥っていた男の復調弾は今後の打線の起爆剤になるのではないだろうか。三森の1発は2リーグ制になって球団通算9000号に王手をかける8999本目のアーチでもあった。さらに本塁打数を詳しく見てみると、福岡移転した89年から通算4500本目。大阪に本拠を置いた南海時代(50~88年)の39シーズンで積み上げた4499本塁打を抜き去った。福岡移転35シーズン目で南海時代の本塁打数(2リーグ制後)を上回ったのだから、大したものだ。
福岡移転1号は89年4月8日の対日本ハム開幕戦(東京ドーム)で広永益隆が放った。史上初のプロ初打席開幕戦本塁打でもあった。入団3年目の若鷹にとってはプロ野球人生の起死回生の一打でもあった。88年オフに南海がダイエーに身売り。「あの時、僕は戦力外のリストに入っていたんです。自宅待機を言われていて。でも、ダイエーは若い選手を残そうということになって…。1軍に上がれるとかまったく思ってなかったし、西崎さんのすごい球だったけど、あの1発で10年プロで野球ができました」。広永氏は懐かしそうに振り返ってくれた。パンチ力ある豪快な打撃が魅力で、その後はパ・リーグ通算3万号やプロ野球通算6万号を放つなど「記録男」とも呼ばれた。
チーム通算9000号にはどんなドラマが待っているのか。「流れ」を変える大きな1発になってほしいものだ。【佐竹英治】




