阪神を戦力外となった山本泰寛内野手(30)が、中日で再起を期すことになった。中日の球団旗をバックに行った入団会見。その目はギラついているように映った。

「来年、野球やってるかな…」。9月下旬、ウエスタン・リーグの公式戦が終わろうとしているタイミングで本音を漏らしたことがあった。同時に「鳴尾浜で終わるわけにはいかない」と口癖のように繰り返しもした。

22年はキャリアハイの45安打も、今季は1軍昇格すらなし。「今はただただ野球がうまくなるために常にやっている」と愚直に白球を追ってきたからこそ、新天地で戦う資格を得られたのだと感じる。

皮肉にも、2軍で過ごしたからこそ、2歳になった息子の成長を見守ることもできた。「ほんと感動。毎日成長するから」。4月のある日には、目を輝かせて語ってくれたことがある。

2軍の練習日には、練習を終えた午後4時ごろに保育園へと迎えに行った。デーゲームが中心の2軍戦後は、1軍のナイターゲーム中にわが子を寝かしつけるのが日課だった。「大谷ばりのかっこいいやつを買ったよ」と、こどもの日に合わせてかぶとを購入していたことも教えてくれた。

「多分、僕が野球をやっているっていうのは認識していると思う。家に帰ったらバットを持って『これしよ』って言ってくるので。アンパンマンのバットみたいなのが家にあるから」

子どもを寝かしつける時間は本来、1軍のナイターゲームで躍動しているはずだった。プロ野球選手として、このままで終わるわけにはいかなかった。「家族のためにも自分のためにも、試合に出ることが一番だから。ここ(鳴尾浜)にいるわけにはいかない」と思いを胸に秘め続けてきた1年間だった。

30歳の働き盛り。まだまだやれると周囲も、そして自身が誰よりも思っていた。鳴尾浜で泥にまみれた毎日がきっと、名古屋で輝く瞬間につながっているはずだ。【阪神担当 中野椋】