目指せ令和のラインバック、ブリーデン。阪神の両助っ人野手ノイジー、ミエセスの両者は、昨年に来日し日本一を味わった。そして今季も虎の一員として戦う。

ノックを受ける阪神ミエセス(左)とノイジー
ノックを受ける阪神ミエセス(左)とノイジー

NPB他球団を経ずに同じ年に阪神で日本デビューし、2年目のシーズンを全うした阪神の助っ人ペアは過去1組のみ。76~77年のラインバック、ブリーデンしかいない。

全力プレーのラインバックは、東京にまでファンクラブができるほどの人気者となった。米国の球団は、企業名ではなく都市名を名乗る。阪神入りを決意した若者は、世界地図で日本のページを開いた。「HANSHIN」という地名は、探せど探せど見つからない。「どんな田舎の球団だろう」と大きなショックを受けたという。

阪神ラインバック(左)とブリーデン
阪神ラインバック(左)とブリーデン

来日当初は打球が外野にすら飛ばす、周りを不安に陥れた。山内一弘コーチの徹底指導により、異国で急成長。1年目22本塁打で3割ちょうど、2年目は14本塁打ながら3割2分5厘と打ちまくり、5年間もプレーした。

一方のブリーデンは、1年目から40本塁打と打ちに打った。2年目も37本塁打と、大爆発を続けた。とても珍しい、左投げ右打ちの選手だ。188センチの巨体を駆使しての一塁守備は絶品で、三塁を守っていた掛布雅之氏は後に「送球をそらすことは、ほとんどありませんでした。本当に助けてもらいましたよ」と褒めちぎっていた。

3年目も主軸の役割を期待されたが、故障のためシーズン途中に退団。相棒との共闘が続かなかったのが惜しまれる。

同じ年に阪神で日本デビューを果たし、2年目を迎えた助っ人野手ペアはその後にもいた。95年に来日し、翌年96年も残ったグレン、クールボーである。

グレン(左)とクールボー
グレン(左)とクールボー

ところがこの2人は、不本意な形で日本を去る。

前年途中から指揮を執った藤田平監督は96年、グレンの自己流調整法を「わがまま」と判断。開幕1軍メンバーから外し、両者の関係は修復不能となった。相棒のクールボーも48試合で打率2割1分と低迷した。このため6月10日に2人そろって解雇という、異例の事態に至った。ラインバックとブリーデンのような、2年間「完走」はならなかった。

問答無用の実績で2年目の契約を勝ち取ったラインバック、ブリーデンと比べ、今季の両助っ人野手の立場はまるで違う。初年度76年に2人で62本塁打、173打点の前任コンビに対し、昨年の両者は14本塁打(ノイジー9、ミエセス5)72打点(ノイジー56、ミエセス16)に過ぎない。

ともに、日本に慣れて上積みを望まれての残留だ。ノイジーは堅実な守備で幾度もピンチを救い、日本シリーズ第7戦の3ランで強烈な印象を残した。ミエセスも陽気な性格とパワーを見込まれた。2年目の大化けを果たして期待に応え、令和の名コンビとなってほしい。【記録室=高野勲】(22年3月のテレビ東京系「なんでもクイズスタジアム プロ野球王決定戦」準優勝)

談笑するノイジー(左)とミエセス
談笑するノイジー(左)とミエセス